細胞は体や器官のサイズを測れるか?
下の図は、いろいろな哺乳動物のシルエットである。どれが、どの種かわかるだろうか?
おそらく、ほとんどの人が容易にすべての種を特定できたと思う。それが可能なのは、それぞれの種で、前脚、後ろ足、頭、首、胴、などの長さ・大きさの比率(プロポーション)が、正確に保たれているからだ。そんなの当たり前だろう、と思われるだろうが、その背後には、結構難しい、未解決の問題が隠れているのだ。
我々が、動物の絵を描くときを想像してほしい。うまく描くには、その動物のプロポーションを正確に再現する必要がある。ちょっとでも狂うと、まるで違う動物になってしまうので、なかなか難しい。だが、実際に動物の体を作っている細胞にとっては、難しいどころの話ではないのである。細胞は、だいたい数10ミクロンの大きさでしかないのに対し、動物の各器官の長さ(大きさ)器官の長さは、数cmから数10cm(時には数m)にも及ぶ。にもかかわらず、自分(細胞)よりも、はるかに大きな器官の長さを正確に決めねばならない。正確に大きさ(長さ)を決めるには、その長さを測定する手段が必要である。外から、誰かがメジャーで測ってくれるわけではないのだ。目も手も脳もない細胞に、そんな長い距離を測れるだろうか。
発生の初期で、体が小さい(1mm以下)の時なら、距離を測る方法はよくわかっている。シグナル分子の拡散をメジャーとして使うことで、細胞は、自分のいる位置を知ることができるのだ。具体的には、胚の中の特定の位置の細胞が拡散性の分子を放出すると、その近くでは、分子の濃度が濃く、遠くでは薄くなる。それぞれの位置の細胞は、シグナル分子の濃度から、自身の位置を知ることができる。シグナル分子は、たいていの場合蛋白質なので、大きすぎて、遠くまで拡散できないのである。だから、発生初期とは違う方法を使わねばならないのである。
長さは測らず、均等に大きくなっているだけ?
細胞が「成体の器官の長さを測らずに、正しいプロポーションを作る方法」が、無いわけではない。例えば、「発生の初期の体が小さい(数ミリ)の時にプロポーションを決めてしまい、あとは均等に拡大する。」という仕組みであれば、正しいプロポーションの成体はできるだろう。
しかし、残念ながら、脊椎動物は、その方法を採用していない。下の図を見るとわかるように、脊椎動物発生初期(咽頭胚)の構造は、魚から人まで、とても似ているのである。哺乳類の間だと、ほとんど区別はつかない。このままのプロポーションで均等に大きくなると、全ての脊椎動物が、同じ形になってしまうのだ。
下の図は、もう少し後期の、マウスとキリンの胎児である。かなり哺乳類っぽくなってきているが、この時期でも、首の長さに違いはそれほどない。
成体のプロポーションに近くなるのは、胎児期でもかなり後期であり、その時期になると、体はかなり大きくなってしまっているので、分子の拡散で距離を測るのは無理である。
では、2つ目のアイデアとして、
「距離を測っているのではなく、各部位の成長率が決まっている」というのではどうだろう?例えば、キリンの首が、キリンの他の部位よりも5倍の速度で成長すれば、キリンらしいプロポーションが作れるはずだ。これなら、首の長さを測定する必要はない。
確かに、この方法は悪くないのだが、明らかに、適用できない例がある。魚類や両生類などの、再生可能な器官である。
上の図は、イモリの前肢を切断した後の再生過程だ。切断された部位に細胞の塊(ブラステマ)ができ、それが小さな前肢の形になり、急速に大きくなっていく。そして、切断しない方の前肢と同じサイズになると成長を止める(遅くする)。成長速度は一定ではなく、それぞれの器官の長さに依存してコントロールされているように見える。同じことは、再生が活発に起きる魚のヒレでも、容易に観察できる。さらに、通常、四肢の再生が起こらないヒトでも、肝臓などは、手術で一部切り取っても、もとの大きさに戻ることが知られている。どうにかして大きさを測る仕組みが無いと、成体のサイズで正確な器官の再生は不可能なのである。
体の長さを測る仕組みを見つけたい!
体を構成する全ての細胞は、永続的に存在するのではなく、かなり短い間隔で入れ替わっている。細胞壁という永続的な建材で体形を維持する植物とは、違うのだ。だから、何らかの方法で、器官(四肢、顔、臓器など)の大きさを、常に測定し、積極的にコントロールしない限り、体の形(プロポーション)を維持できないはずだ。問題は、その時に使われるメジャーがいったい何なのか、というところである。残念ながら現時点では、ほとんど解っていない。というか、ある程度コンセンサスを得ている仮説もない。これは、まだ解かれていない生物学上の難問なのである。
「じゃー、むりじゃん」と、諦めてしまいたくなるが、ちょっと待ってほしい。解かれていない、ということは「もし発見できたら、生物学の歴史に残る!」ということだ。レッツ・ポジティブシンキング、である。今は解かれていなくても、それが解ったときには、おそらく「なあんだ、そんな簡単なことだったのか!」なる可能性は高い。だって、しょせん「細胞」がやっていることなのだから。目も手も頭も無い、細胞がそんなに複雑なことができるはずは無い。
動物の体形を決める原理を見つけたら、どんなことができるだろう。もっと足を長くしたい、鼻を高くしたい、とか、自由に体形を改変できるようになるかもしれない。こいつらを本当に作れたら、楽しくありませんか?まあ、なんの意味があるのか?とは聞かないでください。
もっとまじめな応用としては、いろいろな器官の変形を伴う遺伝病を治療できるかもしれない。また、失われた手足の再生につながる可能性もある。だから、一発狙いの山師も、まじめな生命科学研究者も、ここはひとつ真面目に考えてみるのも、悪くないだろう。
とりあえず骨を観察しよう
さて、脊椎動物の体形を決めているのは、骨である。骨の写真を見れば、骨の形が、体の形そのものであることは一目瞭然である。だから、体形の違いに対して、骨がどのように変化しているのかを調べれば、どうやって四肢の長さや器官の大きさを決めているのかが、想像つくかもしれない。
脊椎動物の骨の構成に関して、広く知られているのは、体形の違いと比較して、骨の「構成」の変化は非常に少ない、ということである。脊椎動物の骨格の基本は、頭部から延びる脊椎と、四肢の骨の組み合わせであり、その原則を破るものは存在しない。哺乳動物に限って言えば、骨の個数もほとんど同じである。
例えば、これは有名な例だが、首の長いキリンと、外見からは首がほとんど無い豚の頸部である。首の骨(頚椎)を数えると、どちらも7つだ。骨の数は変えずに、この部分だけ、骨の長さを変えることで、首の長さの違いを作り出している。
もっとすごいのが、コウモリの指骨である。コウモリの翼(皮膜)は、外見からは、他の哺乳動物の前肢と似ても似つかないものに見えるが、骨の構成を見ると、ほとんど同じであるのに驚く。被膜を支えているのは、ものすごく長く伸びた指骨なのだ。指の数も、骨セグメントの数も、他のスタンダードな哺乳動物と同じである。
このような例は無数にあるので、動物図鑑を手に取って眺めてみることを、是非お勧めしたい。
(骨の長さの総和)=(器官の長さ)?
以上のような例から、器官(この場合は指)の長さを決める原理については、単純な仮説を作ることができる。
(個々の骨の長さ)x(骨の個数)=(器官の長さ)
つまり、それぞれの骨の長さが決まれば、器官(指)の長さは、その総和として必然的に決まる。言い換えると、各骨の長さを決める仕組みがあればよく、器官の長さ自体を測定して決める必要は無い。だとすれば、骨の長さは、器官(指、首、体長)の長さの数分の1から数10分の1に過ぎないから、これで、測定しなければならない長さは、かなり短くなったことになる。
骨の個数が変動する場合
しかしながら、上の式が当てはまらない骨格構造も存在する。クジラ類のヒレ骨である。
鯨やイルカのヒレの、体長に対する長さはだいたい同じであるが、それを支える骨のセグメント数は、種ごとにまちまちなのだ。
ほかの哺乳類がほぼ全て3セグメントであるから、極めて例外的である。しかも数がとても多い(つまり一つの骨セグメントは短い)。最大14個の種もいる。指ごとにも大きな違いがあり、前側の人差し指が一番多く、小指側に行くにしたがって極端に少なくなる。どう見ても、指骨の数が決まっているようには見えない。しかし、一本の指を見ると、その中の指骨セグメントの長さは均一であるから、骨の長さを決める仕組みがあることは間違いない。骨の個数も長さも種ごとに異なるが、ヒレの長さは種に関わらず、ほぼ一定であることから、ヒレ(器官)の長さは、骨とは独立に決まっていることになる。
数式にすると、
(器官の長さ)/(個々の骨の長さ)=(骨の個数)
となる。だが、これだと長い距離を測る仕組みが2種類あることになる。う~ん、ややこしくなった。
骨格構成の進化
骨セグメントの数が変わる哺乳類は、クジラしかおらず、また、現棲の両生類以上の脊椎動物にもいない。クジラは、哺乳動物として一度陸上に上がった後に、水中に戻った、かなり変わった哺乳類なので、特別な仕組みを進化させたのだろうか?と考えたくなるが、脊椎動物の進化を調べていくと、 実はそうでは無いことが解る。過去に絶滅した種には、似た構造を持つ系統が、ちゃんといるのである。というわけで、ここでちょっと指の進化の過程をたどってみよう。
最初に陸上に上がった脊椎動物は、アカントステガと呼ばれる両生類である。前肢の指の構成は図のように、8本、各指あたり、セグメント数は5であった。これが、陸上脊椎動物の祖先型である。魚類以外の脊椎動物は全てここから由来する。
この後、両生類から爬虫類、鳥類、哺乳類と進化していくのであるが、化石の記録は、この指の構成がほとんどの場合、本数・セグメント数とも、少なくなっていくことを示している。
例えば鳥類の場合、本数は3で、セグメント数は1か2に。哺乳類でも、図のように、アカントステガよりもかなり単純になっている。馬などは、指が1本になってしまっている。(いずれの場合も、退化してはいるが、痕跡程度には残っている場合もある。)
この変化は、おそらく陸上生活をしていくうえでのニーズに合ったものだろう。陸上脊椎動物は、アカントステガの様に、おなかを擦りながら這いまわる行動スタイルから、長い脚で完全に胴体を持ち上げ、地面を強く蹴って移動するように進化した。その時、四肢の先端は、強靭さが求められるので、先端が細く分かれているよりも、まとまって太くなる方が有利なのであろう。
海に戻った爬虫類
まず、クジラ・イルカの祖先の指骨を見ていただこう。
このように、普通の哺乳動物と同じような骨の構成である。現在の骨格と比べると、ずいぶんと極端に変わったものだ。だが、これと同じことが、進化の歴史では、何度も繰り返されている。ジュラ紀の爬虫類の例が有名で、大きな3つの系統(モササウルス、プレシオサウルス、イクチオサウルス)が存在する。下の絵のように、ヒレの形(プロポーション)はどれもイルカにそっくりなので、収斂進化(収斂進化:複数の異なるグループの生物が、同様の生態的地位についたときに、系統に関わらず類似した形質を独立に獲得する現象)の例として紹介されることが多い。で、骨の構成を見ると、面白いことに、やはりイルカ・鯨のように多分節化しているのである。
分類から言うと、モササウルスは爬虫類有鱗目、プレシオサウルスは首長竜目、イクチオサウルスは魚竜目なので、系統的にかなり遠い。この3系統は、海に帰った親系統が分離したのではなく、独立に海に帰っているらしいのだ。ということは、指の多分節化もやはり、独立に起こったことになる。指の多分節化は、意外と頻繁に起きるのである。
多分節化の利点
同じ変化が何度も起きるからには、前肢指骨の多分節化は、水中生活にとって必須の構造であるに違いない。その理由は、以下の様に考えると明らかだ。
厚い板を、水中で団扇のように振ることを考えてみよう。水の抵抗があるので、ものすごく力がいる。しかも、水を押すことに寄って発生する力が、進行方向と比べて、ほとんど直角近いので、ほとんど推力としては機能しない。
これは、人間がバタ足をするときの事情とほとんど同じである。長くて固い骨を使って泳ごうとすると、うまくいかないのである。
実際に測定したところ、クロールのバタ足は、低速で泳ぐときにだけ、わずかに意味があり、競泳などで高速で泳ぐときには、ほとんど推力を発していないどころか、抵抗になるらしい。https://www.asahi.com/articles/ASL732TJ1L73ULBJ002.html
一方、短い指骨が多数連結している構造だとどうなるか。大きな違いは、この構造は「しなり」を生むことができる点である。
水中で脚を上下に振ると、水圧で図のように「しなる」。すると、基部(B)では、バタ足の場合とあまり変わらないが、先端部(A)で、ヒレが水を押す方向が推力の方向と近くなるのである。イルカの場合、左右のヒレを上下させることにより、効率的に、推力を発生させることができる。また、しなりを生む構造は、水中で乱流を作りにくいので、水の抵抗を軽減させることができることも重要である。
つまり、水棲での多分節化は、陸上脊椎動物指骨の少数化と同じように、生存に必須であり、その方向の進化(変化)がいくつも独立に存在していることから、何度も起きるべくして起きた、と言えるだろう。つまり、前肢の長さを変えずに骨セグメントの長さと数を変えるような変化は、思ったよりも起きやすい。だとすれば、骨セグメントと前肢(ヒレ)全体の長さを決める(測る)仕組みは、そもそも、独立に存在している、ということになる。
ううむ。本当だろうか?それに、どんな原理を使えば、最大数10cm単位の長さを、細胞が測ることができるのだろう。現在、いろいろな研究がおこなわれているが、最近、私の研究チームの一人である荒巻研究員が、原理の解明につながる意外な発見をしたので、紹介したい。
骨と器官のサイズを決める遺伝子
体の仕組みを、実験で調べるとなると、やはり、飼いやすく、遺伝子工学技術が使えるモデル生物(解説)を使う必要がある。脊椎動物に関して言えば、マウスとゼブラフィッシュの2択だ。できれば、哺乳動物であるマウスを使いたいところだが、マウスには、一部の器官(四肢?)だけサイズが変わるような突然変異が存在しない。一方、ゼブラフィッシュは魚類であり、外部器官としての手はないが、代わりにヒレが存在する。陸上脊椎動物の四肢は、もともと、ヒレと起源を同じくしており、最近の研究では、ある一つの遺伝子を欠失させると、マウスでは指骨が、ゼブラフィッシュでは、ヒレ骨が失われる、という結果も出ている。だから、ヒレの研究で分かったことは、脊椎動物全体に適用することが可能(必ずと言うわけではないが)であろう。
ヒレ骨の構成
ヒレは、全長に対する長さが決まっており、種ごとにヒレの長さが違うのは、陸上脊椎動物の四肢と同様である。中には、ヒレを足の様に使って歩く魚もいるので、用途もそっくりだ。
ヒレの大まかな構成は下図の通り。
放射状に分岐したヒレ骨が、細胞でできた膜状構造を支えている。一本のヒレ骨は、直列に並んだヒレ骨セグメントからできており、この構造はイルカ、クジラ類の指骨と同じである。セグメントの境界が関節となり、全体がしなやかに曲がることができるのも、イルカと同じある。唯一違うのが、先端に向かって分岐していること。イルカの指骨には分岐は無い。(しかし、脊椎動物の手骨は、先端に向かって分岐構造をしている。)先にも書いたが、ヒレは、非常に活発に再生をすることで知られている。切っても切っても、もとの長さにすぐに戻るのだ。ヒレの長さを制御する仕組みは非常に強力である。
ヒレの長さを変える突然変異
ヒレの長さを変えるゼブラフィッシュの突然変異は、いくつか知られているが、荒巻助教は、2つの変異遺伝子に注目した。
一つ目は、ヒレが長くなる変異で遺伝子名は another-long-fin。2つ目はヒレが短くなる変異で、遺伝子名はshort-finという。いずれもすべてのヒレが長く(短く)なる。面白いことに、両突然変異とも、ヒレ骨の長さも長く(短く)なっている。つまり、ヒレ全体とヒレ骨の長さは、ほぼ比例関係にあるのだ。これは、キリンの首やコウモリの指の状況に近い。骨が長く(短く)なることで、結果としてヒレの長さが変わっているように見える。
どの細胞が長さをコントロールしているかを調べる
さて、もの変異遺伝子を使って何を調べるか?ここで荒巻助教は、うまい実験を思いついた。変異した遺伝子を、細胞特異的なプロモーターで発現させるのである。ヒレの構造はシンプルなので、それを構成している主な細胞は、表皮細胞、基底上皮細胞、間葉系細胞、骨芽細胞の4種類しかない。そのどれか一つだけで変異遺伝子を働かせれば、長さを決める細胞種を特定できるだろう。これまで、どんな細胞が器官の長さを決めるのかについては、何も知られていなかったので、これは素晴らしいアイデアである。で、彼は、いろいろなプロモーターで2つの変異遺伝子を発現させてみた。その結果は、予想以上にはっきりと出たのである。
長さの決定の関与する細胞は、表皮細胞と骨芽細胞の2種類だけであった。結果を箇条書きにすると、
@表皮細胞だけにALFを発現させる>ヒレが伸びる、骨の長さは変化しない
@表皮細胞だけにSOFを発現させる>ヒレは短くなる、骨の長さは変化しない
@骨芽細胞にだけにALFを発現させる>ヒレの長さは変化しない、骨はのびる
@骨芽細胞だけにSOFを発現させる>ヒレの長さは変化ない、骨は縮む
結果を見れば一目瞭然であるが、ヒレ全体の長さを決めているのは表皮細胞である。ALFを表皮細胞だけで発現させると、ヒレは倍近くになるが、ヒレ骨の長さに変化はない。だから、ヒレ骨セグメントの数が倍くらいになる。短くする方の変異であるsofの結果も同じで、ヒレ骨の長さは変化しないのに、ヒレの長さが短くなる。ほかの細胞は、ひれ全体の長さにはほとんど影響しなかった。一方、骨セグメントの長さを決めているのは、骨芽細胞であることが解った。ALFを骨芽細胞でだけ発現させると、骨セグメントが長くなるが、ひれ全体の長さは正常のままである。また、sofを発現した場合も、ヒレ全体の長さは影響を受けないが、骨セグメントが短くなった。
というわけで、骨とヒレ全体の大きさが、別々の細胞に、全く独立にコントロールされている様なのである。これまで、専門家の間でも、四肢の大きさを決めるのは、間葉系の細胞であると思われていたので、これは非常に意外な結果であった。あまりにも意外なので、ダメ押しの実験を行ってみた。どうやるかというと、ヒレと骨の大きさが、逆に振れるように遺伝子導入するのである。具体的には、「表皮にALF+骨芽細胞にSOF」と「表皮にSOF+骨芽細胞にALF」を発現させたゼブラフィッシュ系統を作って育てたところ、結果は予想通り。
ヒレは長いが骨は短い魚と、ヒレは短いが骨は長い魚ができた。やはり、器官(ヒレ)全体とパーツ(骨)の長さは、独立の細胞よりに調節されているのである。
長さを測るメジャーは何か?電気?
以上の実験から、ひれ全体の長さを表皮細胞が、骨セグメントの長さを骨芽細胞が決めている(測っている)ことが解った。しかし、どちらも、同じ遺伝子(ALF,SOF)の突然変異で長さが変わるということは、「使っている分子の仕組みは同じ」ということになる。言い換えると、表皮細胞も、骨芽細胞も使っているメジャーは同じ。だが、使う細胞に寄って、測定できる長さが異なるのである。
では、それはどんなメジャーだろうか?これは、まだはっきりとは解っていないが、遺伝子がコードしているタンパク質から、ある程度予想はつく。ALF遺伝子がコードしているのは、細胞膜に存在するカリウムチャンネル(Kイオンを通す穴)である。カリウムチャンネルの主な作用は、細胞膜にできる膜電位(注1:細胞の内側と外側で、イオンが不均衡になって生じる電位。簡単に言うと、細胞膜が、小さい電池のような働きをする。)の調節だ。Kイオンの等価性が上がると、膜電位を深くする方に働く。膜電位が浅くなると、細胞は、興奮しやすくなる。ALFはKイオンチャンネルの働きが「亢進」している変異なので、細胞の興奮を抑える方に働くはずだ。一方、SOFがコードしているのは、コネキシンという分子である。コネキシンは、細胞と細胞の間に、小さい分子が通れる穴(ギャップジャンクション)を作る。もちろん、イオン(電荷)も通ることができるので、ギャップジャンクションがあると、隣接する細胞間の「電気抵抗」が小さくなり、電位が等しくなる。逆に、ギャップジャンクションが無くなる(少なくなる)と細胞間の電気抵抗が大きくなり、電位差が生じる。
以上の事実から、膜電位の勾配を利用した、単純な距離測定の方法が想定される。
ちょっと、拡散分子による濃度勾配に似ている。拡散の代わりが、ギャップジャンクションによる電荷のコンダクタンス(流れやすさ)で、シグナル分子の濃度が、膜電位だ。特定の電位(X mV)が、長さを決めるとすると、ALFの変異では、全体に電位が低くなるので、長く、SOFの変異では、コンダクタンスが低くなるので、勾配がきつくなり、結果として器官の長さは短くなる。
この電気メジャー説を最初に発表したのは、ボストン大学のマイケル・レビンという研究者だ。彼は、10年以上も前から、プラナリアとカエルを使った実験で「細胞が電気を使って距離を測っている」と主張し続けているが、論文は、ほぼ彼の研究室からしか発表されておらず、あまり信じられていない。実は、筆者(近藤)も、かなり以前からレビンの説を知ってはいたが、胡散臭く思っていたので、今回の荒巻研究員の実験結果を見て、かなり驚いた。レビンに謝らなければいけないかも。
もちろん、図のような単純な原理がそのまま働いているとは限らず、(専門家に聞いたところ、静電場の勾配は、それほど遠くまで行かないらしい)、もうひとひねりした原理である可能性は高いと思う。しかし、荒巻研究員の最近の実験では、電位を変化させる他の遺伝子でも、同じ効果があったのとのことなので、電気がキーになっている可能性は、かなり高い。分子遺伝学の技術が使えるゼブラフィッシュを使って研究することができるようになったので、今後、5,6年あれば、全貌が明らかになるのではないかと、期待している。
もし、この説が本当であれば、細胞が電気を使って器官の長さ(大きさ)を決める、のである。なんだか、斬新でかっこいい。でも、良く考えると、神経細胞の活動は全て電気信号なのだから、それほど、突飛なことでは無いのかも。我々が想定していなかっただけで、むしろ当たり前のことなのかもしれない。今にして思えば、分子の拡散がダメなら、次に思いつく「遠隔刺激」は、神経細胞が使っている電気くらいだろう。すごい大回りして、当たり前のことに気が付いたということなのかもしれないが、まあ、科学とはそんなものである。そうでないと、チューリングのような天才しか科学者になれないから、困るのである。
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