大怪獣ガメラの抜け甲羅
昔懐かしい怪獣映画に「大怪獣ガメラ」というのがあった.あの,戦闘的なところのまったくない亀さんが,巨大になって後ろ足で立ち上がり,パンチでビルを壊したり,宇宙人に蹴りを入れたり,というぐあいで,今になってみると正気ですか? と言いたくなるような内容であったが,当時小学生の筆者は,恥ずかしながらそれを夢中で見ていたのである。
それはともかくとして,当時から不思議だったのだが,あの亀はどうやってあんなに大きくなったのだろう.体の部分はまだよい.何を食ったのかは知らないが(ウランが主食らしい.恐ろしや~~),だんだん成長していけば,でかくはなるだろう.しかしあの甲羅はどうすれば大きくなれるのだ?あれは,細胞でなく石みたいなものだから,体の他の部分のように成長することはできないはずだ.もちろん,この問題はガメラでなく,現実の亀にも当てはまる.例えば,縁日でよく見るミドリガメの甲羅は大体6~7cm前後だが,成長するとなんと40cm以上にもなる.あの小さい甲羅はどこに行った? もしかすると,昆虫やカニのように脱皮するのだろうか? だが,もしそうなら,亀の抜け甲羅? がそこらじゅうに転がっているはずである.そうか.亀仙人はそれを拾って着ているわけか.
だが,本当にそうなら,ガラパゴス島など,ゾウガメの甲羅で埋め尽くされてしまうに違いない.それはそれで壮観な光景だろうが,残念ながらそうなっていない以上,脱甲羅はおきず,やはりどうにかして成長しているに違いない.でも,どうやって?? 読者のみなさん,しばし考えてみてください.考えれば考えるほど不思議ですよ。
形が変わらないのが不思議
亀の甲羅なんて特殊なもの,どうでもいいじゃないかとお思いの方もいると思うが,実はこの問題は,動物に普遍的な,ある問題と直結している. 「どうやって体の形を保ったまま成長(拡大)するか」 という問題である.人間の場合には,せいぜい数倍にしかならないが,ワニやマグロなどは,成体の骨構造ができてからも数十倍も大きくなる.恐竜だったら,数百倍も可能かもしれない.しかも,ほぼ完全に相似形を保ったままである.
「単に大きくなるくらい,簡単じゃないか.体全体で細胞が均一に分裂して増えれば,体の形が変わらずに大きくなれるはずだ」, と思ってしまいがちであるが,残念ながら,そう甘くはない.例えば,脊椎動物の体型の基礎になっているのは,骨(=細胞以外の構造物),であることを思い出してほしい.骨は細胞ではないので細胞分裂して大きくなれない.だんだんと大きくなるには,骨の外側に,カルシウムを付け足していくしかないのである.問題は,骨が複雑な形をしており,複雑なでこぼこ,さらには穴(例えば頭蓋骨)も開いていることだ. 球体であれば,表面にカルシウムを塗り重ねていくだけで,相似形を保ったまま,だんだんと大きくすることができる.しかし,もしドーナツ型であればどうだろう?
例えば,あなたが陶芸家で,粘土でドーナツ型のオブジェを作っているとする.少し小さめに作ってしまったので,1.5倍くらい大きくしたい.さてどうしますか? ドーナツ型を大きくするには,粘土をドーナツの表面に重ねていく必要がある.しかし,ドーナツの穴の部分にも重ねてまうと,穴がなくなってしまいドーナツ型が保てない.むしろ,穴の部分は逆に削る必要があるのだ.では,どの部分に粘土を重ね,どの部分をどのくらい削っていけばドーナツ型を保ったまま,大きくできるだろうか? これは結構難しい問題である.あまりに難しすぎて,大抵の人は目の前のドーナツをぶっ壊して,最初から作り始めることになる.
えっ? それくらいなら難しくない?では,こういうのは.ミロのビーナスの表面に石膏を重ねていって,2倍の大きさの巨大ビーナスを作る.
どうです? これなら難しいでしょう.
なにっ?? 胸部だけなら任せておけ?
馬鹿ものっ! 胸だけでかくしてどーする? そんなことしたら,全体のバランスが崩れて,,,崩れて? ,,崩れる,,かな?
(あくまでも芸術的に,ですからね.誤解なきようお願いします.)
カニは鎧を大きくできない
話を動物に戻す. 甲羅ではないが,硬い殻をもった動物は脊椎動物以外にもたくさんいる.彼らはそのあたりを,どう処理しているのだろうか? 実は,昆虫やカニなどの甲殻類は,この“ぶっ壊し+作り直し法”を採用している.要するに脱皮である.あの複雑な鎧は,徐々に大きくするのは不可能なので,せっかく作ったものを廃棄して,新たな鎧を作るしかないのである.
外皮が,体の表面(外側)にあることも,連続的な成長(拡大)を不可能にする要因の1つだ.外側には生きた細胞がいないので,構造体を外側に重ねていくことはできない.脱皮は一見無駄に見えるが,体を作る仕組みの制約から導かれる必然的なものであることが理解できる.
骨の成長の謎
一方,脊椎動物はちゃんと相似形を保ったまま,骨を大きくしていくことができる.甲殻類の外皮と異なり,骨の周りは生きた細胞なので,カルシウムを重ねたり削ったりすることで“成形”していくことが可能だからだ.しかし,骨が複雑な形をしている場合,その“場所決め”がやっかいである.例えば,図1は人間のあごの骨の成長過程で,どこが膨らみ,どこが削られるかを示したものだ.場所によっては膨らませる部分と削る部分が入り組んでおり,いかに精妙な仕組みが必要であるかがよくわかる.ちょっと失敗すれば,拡大していく途中でどんどん変形していってしまうだろう.
ドーナツの例で説明したように,剛体の構造を連続的に大きくするのは,人間が意図的・人工的にやろうとしても,途方に暮れてしまいそうな難問である.それを,アメーバのような細胞(特に骨芽細胞と破骨細胞)が勝手にやってしまうのだから,まったく驚くしかない.これに比べれば,初期発生の形態形成なぞ,お茶の子さいさいの単純な現象と言えるだろう.というわけで,この相似成長の問題は,これまでの発生学ではほとんど見過ごされているが,実は,初期発生よりも厄介で,なおかつ魅力的な問題なのである.発生学には,未知の領域がまだまだたくさんあるんですよ.
らせん構造と付加成長
さて,答えのない問題ではあるが,煽るだけ煽ってそれでおしまい,ではさすがに読者に申し訳ないので,残りの誌面を使って,この難問に対してどんな解決法がありうるかを,考えてみよう. 複雑な現象に対処するときには,まともに立ち向かっても歯が立たない.だから,まず,わかりやすい単純な例を探して,そこから攻めるのが1つの定石である.この問題の場合,“表面に付け加える”と“削る”の両方が関与していることが,問題をわかりにくくしているので,思い切って,“付け加える”だけで,相似成長できる形を探し,それについて考えてみる.どんな形が,“付け加え”だけで相似成長できるだろうか?球体以外で,“付け加え”だけで相似成長が可能なもっとも単純な立体は,錐体である.例えば,円錐の底面に,少し大きな円盤(高さの低い円柱)を付け加えるとしよう.円錐の稜線にあった大きさの円盤を足していけば,円錐の形は変わらない.
その作業をどんなに繰り返し,どれだけ大きくしても,円錐はきちんと相似形を保って拡大できる(図2-1).また,付け加えていく円盤の拡大率を変えることで,任意の形状(頂点角度)の円錐を成長させることができる.もちろん,底面の形は円である必要はなく,任意の2次元図形でよい.
円錐が相似成長できることがわかったら,次に,それをちょっと変形させて,もう少し複雑な立体にしてみよう.こんどは,底面に付け加える円盤の片側をつぶして,楔型にする.すると,円錐が曲がっていき,渦巻きのような形になることがわかるだろう(図2-2).この場合も,徐々に大きな円盤を付け加えていくことで,連続的な相似成長が可能であることを,理解できると思う.
では,さらに複雑にできるか?今度は,つぶれた円盤を付け足していくときに,つぶれた部分の角度を,少し回転することにする.どんな立体になるかわかりますか?そう,今度は3次元のらせん形になるのである(図2-3).おわかりのように,らせん体の形を決めるパラメータは3つしかない.それは,拡大率,付加する円盤のつぶし方,つぶした方向の回転,の3つであり,この3つのパラメータを変えることで,あらゆる立体のらせん形が作れる.とても単純でわかりやすい. このような,“付け加え”によって拡大していく成長のやり方は“付加成長”と呼ばれており,生物における実例もたくさんある.まず,牛や羊などの角,象の牙である(図3)
これは見た目に見事ならせんであることが一目瞭然だ.どうやって,こんなきれいならせん構造を作れるのか不思議に思ってしまうが,よく考えれば,角や牙は,その根元でしか成長できないので,らせん以外作れない,というのが正しい理解である.それにしても,これほどきれいならせん体が作るためには,パラメータが常に一定に保たれていなければならない.
このパラメータを決めるメカニズムがわかれば,牙や角の形ができる仕組みは一件落着となるはずである.面白いことに,鹿の角は牛や羊などの角とは異なり,枝別れがある.枝分かれ構造はらせんでないため,当然のことながら連続成長できない.したがって,鹿は御苦労なことに毎年新しく角を作り直すのであり,そのため,奈良公園の職員は,毎年鹿の角切りをやらねばならない.まあ,観光客がそれを見に来るので,無駄な努力と言うわけでもないが.
貝の形を作る
付加成長をする動物の組織は,他にもいろいろある.もっとも有名なのは,貝の貝殻である(図4).3つのパラメータと殻口(開口部)の形状を変えると,事実上すべての貝の形が簡単に作れてしまうので,とても気持ちがいい.形を理解したぜっ,という気になる.
二枚貝ですら,同じやり方でできるので,初めて知る人は大いにびっくりするだろう.シミュレーションのソフトを筆者のHPに公開しているので,いろいろな形を作って楽しんでみることを,是非お勧めしたい 。
さて,このような付加成長するらせん形を作るメカニズムはどんなものか,想像してみよう.これなら,概念的には,それほど難しい問題ではない.成長する部分が限られているから,そこに,角,貝殻などの材料を付け加える細胞,器官を集中させればよいだけである. もちろん,それがどんな細胞の機能によるのか,どうやってパラメータを正確に保つかは,などは,実験による詳細な研究が必要になるが,少なくとも,まったくわけがわからない,という気はしない.さて,骨の場合である.骨の拡大成長に,このらせん形の例をうまく利用できるだろうか?考えてみれば,角も牙も,骨に似た構造体である.それを作る原理も共通点があるはずだ.
ここで,ちょっと強引ではあるが,体の骨は,らせん形(あるいは錐体)の組み合わせである,と考えられないだろうか?例えば,脊椎骨の基本構造は,おおざっぱに見れば,2つの円錐が対になった構造に見える.
これなら,2つの円錐の底面部分に,骨を付加する細胞(骨芽細胞)を極在させることで,相似形の連続成長が可能だ.実際に,円錐部分を取り出してよく見ると,年輪のような縞が見えるので,まさしく付加成長していることがわかる.他には,あまり円錐っぽい形の骨は,見あたらないが,無理やりに考えれば,大腿骨などの長骨,指の骨などは,脊椎骨を引き延ばした形に見えないだろうか? 筆者には,そう考えられなくもないなあ,と思えます.だめですか? (上の写真は、脊椎の錐体部分です。読んで字のごとく円錐が2つくっついた形です。)
まあ,あくまでもヒントということで大目に見てください. しかし,何か単純な理解の仕方を見つけない限り,そもそも考えるきっかけさえ掴めないのも事実である.考えるきかっけとしては,なかなか良いアイデアだと思うのだが,,, いずれにしろ,骨の形成は,骨芽細胞と破骨細胞,つまり“付加する仕組み”と“削る仕組み”が,どのように骨表面上で配置するかで決まってくる.それらがどんな原理で安定して正確な形を作り上げ,維持しているのか,実験に疲れたお暇な時間があれば,ぼんやり想像してみることをお勧めしたい.もしかしたら,単純で美しい答えが見つかるかもしれません.もし見つかったら,必ず,私に連絡するように!!
さて,そろそろ,最初の問いに戻るとしよう.亀の甲羅はどうやって大きくなるのか.言葉で説明するよりも,写真を一枚見ていただければ,この疑問は一瞬で氷解します.下の図です.甲羅のそれぞれの単位が,六角錐になっているのがわかると思います.
「波紋と螺旋とフィボナッチ」 を防災袋に入れています。
海岸には臓器の仕組みが落ちてるのを面白がる幼年期でした。海鼠etc.
チャコ(Reuleaux triangle)が転がったら、大腸になるの?
ルーローの三角形が回転した軌跡が、内臓を象るのか、と。
巻貝のページには、目から鱗が落ちました。