• Shigeru Kondo

魚のヒレを建築する「からだ工務店」の作業員

細胞の剛性と、体の大きさの関係

高等生物の体づくりでも、剛性は重要なファクターだ。体が小さい(しかも水に浮いている状態の)初期胚なら問題ない。哺乳動物の胞胚(200ミクロン程度)は、一層の細胞が作るゴム毬の方な構造だが、この大きさなら、細胞の持つ小さい剛性でも十分に保持できる。月見団子のピラミッドは、10個くらいならできる。


しかし、100万個のだんごでピラミッドは作ればつぶれてしまう。胞胚も、直径10cmの大きさになれば、重力に対抗して球形を保つのは、明らかに無理である。


だから、剛性の高い建築資材で補強しなくてはならない。考えてみると、脊椎動物で、その役割をしているのが「骨」である。骨は、細胞ではなく、骨細胞が分泌して作ったコンクリートのような構造体である。固まれば、大きな構造の支持体としては理想的だ。しかし、骨が正しく機能を持つためには、それをあるべき3D形態に成型する必要がある。骨は、細胞よりもはるかに大きい。細胞にそれができるのか?


鉄筋コンクリート方式のヒレ建築

コンクリートを成型して建築資材にするには、鉄筋と型枠が必要である。その役割をするのは何か?、、、、といろいろ探していたら、驚いたことに、なんだかそれらしいものが見つかってしまったのである。


上図を見てほしい。ゼブラフィッシュのヒレの先端部の拡大写真である。一番先端には、骨は無いが、何やら細い直線状の物が、放射状に並んでいるのが見える。直線構造で、両端がとがっており、カイメンの骨片とそっくりである。大きさも、ほぼ同じだ。これはアクチノトリキアというコラーゲンの結晶体なのである。もちろん、細胞よりも剛性ははるかに高い。


アクチノトリキアは、最初、稚魚の尾部に放射状に配置しヒレの先端に、張力を与えている。ヒレは細胞の薄い膜である。心棒が無ければ、ふにゃふにゃに縮こまり、ヒレの役目を果たさない。


要するに、ヒレの先端で、傘の骨の役目を果たしているのが、アクチノトリキアなのである。


魚が成長すると、アクチノトリキアのあった部分は、ひれ骨に代わっていくが、アクチノトリキアは、成長するヒレの先端に、扇型に、きれいに並んで存在する。扇型の中心(要)の部分に、骨が作られる。棒状のアクチノトリキアを足場にカルシウムを固めるわけだから、まるで、鉄筋コンクリート建築だ。アクチノトリキアの配置が、骨が作られる位置を決めているのであり、骨が直線状になるのも、アクチノトリキアの足場のアクチノトリキアが直線構造だからである。


ゼブラフィッシュで、アクチノトリキアがきれいに整列しない突然変異を作ってみたが、その形質が面白い。ヒレの先端が縮こまってしまうのである。こうなる理由は、おそらく、アクチノトリキアが隙間なく整列することで、背腹方向に張力を生むことだ。細胞は、固い足場がないと丸まってしまう。アクチノトリキアが隙間なく整列することで、平面状の足場ができる。これがないと、細胞は丸まってしまい、ヒレが伸びないのである。なかなか素晴らしい建築資材なのだ。


作業員は誰だ?

建築資材は細胞ではないので、自律的に動けない。工務店の作業であれば、鉄筋はメーカーから購入して、トラックで運ばれてくる。カイメンの場合は、骨片形成細胞が作り、輸送細胞が運び、設置細胞?が柱を立てる。アクチノトリキアの場合、この作業を、一体だれがやっているのだろう。


ヒレを構成する主な細胞は、表皮細胞、基底上皮細胞、間葉系細胞、骨芽細胞の4つ。筆者の研究室に所属する黒田研究員は、ゼブラフィッシュから、それぞれの細胞を取り出して、培養皿で観察してみた。すると、運よく基底上皮細胞が、細胞の中でアクチノトリキアを作成しているところを観察することができた。

では次に、アクチノトリキアは誰が並べるのか。黒田研究員は、今度は間葉系細胞とアクチノトリキアの関係を調べた。走査連続電顕で3D形態を調べると、間葉系細胞がアクチノトリキアをきれいに取り囲んでいる。


コイツが臭い。そこで、間葉系細胞とアクチノトリキアを共培養してみると、予想通り、この細胞がアクチノトリキアを整列させたのである。


これで、2人目の作業員が見つかった。3人目の作業員は、アクチノトリキアの根元をコンクリで固める役目であるが、それは細胞の性質からして骨芽細胞であることが予想できる。実際に、骨芽細胞とアクチノトリキアを共培養させてみると、骨芽細胞がアクチノトリキアに突進してくるのが観察される。放射状に広がったアクチノトリキアの根元部分が骨化される理由がこれである。


工務店方式は基本的な形態形成原理かもしれない

このように、建築資材を使った形づくりは、少なくとも魚のヒレには存在した。しかも、見事な分業体制で、構造部材を製造し、組み立てるのだから、まるで建築作業である。こんなすごいことができるのであれば、おそらく、発生の他の場面でも使われてたとしても、不思議ではない。どこだろう?もしかすると、脊椎動物の発生の基本中の基本である脊索なんかがそうかもしれない。


脊索は、胚の中に出現する直線状の構造であり、これ自体は、中胚葉性の細胞でできている。しかし、細胞がつながるだけで、こんなに真っすぐな構造ができるはずがない。脊索を電顕で調べてみると、コラーゲンのファイバー(結晶体)が脊索に沿って走っているのが見える。このファイバーがないと、脊索が曲がってしまうので、脊索の剛性はこのファイバーに依存することがわかる。ゼブラフィッシュの場合、稚魚のアクチノトリキアと、脊索のファイバーがつながって見える時期もあるので、もしかすると、脊索も建築工事で作られるのかもしれない。だとすれば、分業工務店方式は、脊椎動物の形態形成の最も基本的な部分に関与していることになる。


成長した脊椎動物の体系を決めているのは、骨の形である。最初にできる骨である脊椎骨は、脊索の外側に骨が沈着してできる。つまり、元をたどれば、コラーゲンファイバーをどのように配置するかで、脊椎の走行が決まるのだ。それぞれの骨は、特徴ある3次元構造をしているが、それがどんな原理で作られるのかは、ほとんどわかっていない。しかし、たいていの場合、骨の伸びる方向は、骨が内部に含むコラーゲン繊維の方向と一致しているのだ。だから、コラーゲン繊維の走行をコントロールすることが、骨の形を決めるキーになっている可能性は高い。それは、誰(どの細胞)がやるっているのだろう。おそらく、いろいろな細胞が、分業体制でやっているのではないだろうか。


世界遺産と化石

世界中のいろいろな場所に残る建造物が、世界遺産(world heritage)として我々の目を楽しませてくれる。それらの建築物は、場所や時代により、形(建築様式)が異なり、それを見ることで、我々は、過去の人々の生活や考え、文化を偲ぶことができる。だが、実のところ、建築物の形が異なる根本的な理由は、人間的な要素ではなく、「材料」の物理的な性質の違いである。土、草、石、レンガ、材木、コンクリート、鉄骨、などの材料は、それぞれの物理的な性質(圧縮、曲げ、引っ張りに対する強さ)が異なり、人類は、その性質を生かす工法を用いて、建築を行ってきた。デザインし、作業したのは人であるが、残っているのは、その作品である。


細胞と我々の体の関係も、それと似ている。細胞は、剛性の高い材料を製造し、その性質を巧みに利用することで、体を建築する。材質が異なれば、当然、建築様式も異なるはずだ。リン酸カルシウムとコラーゲン(脊椎動物の骨)、シリカの骨片(カイメン)、炭酸カルシウム(サンゴ、貝類など)の材料により、体の構造は全く異なるが、それは、おそらく、材料の性質が異なるからである。個体が死ねば、細胞は失われるが、建造物は化石として残る。だから、化石は、地球の歴史遺産なのである。




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Shigeru Kondo, Ph.D. Professor


Laboratory of Pattern Formation
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