• Shigeru Kondo

4: 無限階段と無限音階(後編)


無限音階は、1967年にアメリカの認知心理学者ロジャー・シェパード氏が発明した音響のイリュージョンである。音階が、ド、レ、ミ、ファ、、、、と登っていくように聞こえるのに、気が付くと、いつまでも同じところにとどまっている、という不思議な感覚を味わえる。このコラムの冒頭でも、体験できるサイトを紹介したが、今一度聞いて、味わってみていただきたい。 無限階段の原理がわかった今、そのトリックに気が付くかもしれませんよ。

http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/a/ever_ascendingScale/ja/

http://www.huffingtonpost.jp/2014/09/02/this-musical-illusion-will-make-you-question_n_5750342.html


無限音階のトリックを明かすための準備として音階に関する基本的な事項を説明する必要がある。音の高低は、空気の振動の周波数であることはごぞんじのとおり。ピアノで言うと、49番目の「A(ラ)」の音を、440Hz(1秒間に440回振動)と国際基準で定められている。で、1オクターブ高い「A」が880Hz、さらに1オクターブ高い「A」が1760Hzとなっている。つまり、1オクターブ上がるごとに、周波数が2倍になるのだ。音階は、等比数列なのである。1オクターブの中の12音( A=ラ、A#、B=シ、C=ド、C#、D=レ、D#、E=ミ、F=ファ、F#、G=ソ、G# )はログスケールで等間隔なので、隣り合う音の周波数の比は、原理的には2の12乗根=1.0594631となる。

(これは平均律という数学的な調律の仕方で、実際には、音の響きを重視した、微妙に異なる調律の仕方をする場合が多いです。詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%BF%E5%BE%8B

をお読みください)


ここで音階を直線状に並べてみると


となるが、同じドレミの音が7つおきに出てくるので、オクターブごとに並べかえたほうが解りやすい。



となる。

ここでさらに、両端にあるAとGも連続している方が、現実と合っていることを考えると、より物理的に違和感のない並べ方は、


このように螺旋になるのである。

この螺旋で、上下の音は、1オクターブ異なる同じ音階になる。無限音階を作るためには、1オクターブ上がったら、気が付かれないように下の音階にジャンプすればよい。発想は無限階段と同じである。では、どんなトリックを使えば、気が付かれないようにオクターブのジャンプができるだろうか。


実は、聴覚には面白い性質があり、1オクターブずつ離れた多数の音が同時に演奏される と、平均的な人には、一つの音しか聞こえない。これは、音源の性質ともおそらく関係している。


例えば、ギターの弦を弾いた時に、弦は、その全長で振動すると考えがちだが、実際には、同時に整数分の1の波長での振動も起きており、それぞれの周波数は、主音の整数倍になる。音源からの音は、その合成音として耳に聞こえるのである。短音と思っていても、実は合成音なのだ。倍音、4倍音は1オクターブ、2オクターブ上の音であり、音源からの音の中にかなり多く含まれている。


同様のことは、物体の振動が音を作るときに常に起きるので、自然界の音は、基本的に整数倍の波長の音との合成音となっている。その中で、一番大きな音を「主音」として認知するのであるが、もともと、合成音なのだから、複数の音源から、異なるオクターブの音が鳴っても、区別が難しいのだ。だから、下へ(あるいは上へ)のジャンプはさほど難しくない。この状況は、3Dの螺旋を上から見た時に、上下方向が区別できなくなるのと、非常に似ている。


無限音階のもっとも単純な形は、下の図のように、「1オクターブごとの合成音を一音づつ上げていき、あるところで、一番上を消して、下に新たに付け加える」というものだ。ただ、これだと、ステップ4での下へのジャンプが、耳の良い人にはわかってしまうらしい。もっとも、人の耳の可聴域は20~20000ヘルツくらいであり、両端では感度が悪くなるので、意外に気が付かないひとも多い。

さらに下へのジャンプをごまかすために、音の強さにメリハリを付けて、特定の波長の音を聞いている雰囲気を無理やり作る方法がある。具体的には、ある音域にピークが来るように、音の強さのスペクトルを設定して置き、それぞれの音の強さを、スペクトルに合わせるようにするのである。




このようにすると、スペクトルのピーク位置の音を聞いている、という感覚が得られるが、にもかかわらず、音階が無限に続くので、不思議感が増す。このトリックは、無限階段で、修道士に背中を丸めさせることで疑似遠近感を作ったことと、似ていると思うのだが、どうだろうか。


もう十分にご理解いただけたと思うが、無限階段も、無限音階も、連続的な上昇(下降)に周期性が加わったものであり、形で表現すると、どちらも螺旋になるのが共通点である。あとは、下(上)へのジャンプを気がつかれないような小細工をちょっと施せばよい。そう言えば、「音階」という言葉自体に、階段のイメージが有りますね。音階の英語はscaleだから、階段の意味は入っていない。音階と言う翻訳語を作った人は、物理の素養が有ったのかもしれません。

最後にちょっと脳科学?的な考察を。無限階段のように、音程が上がっていかないにも関わらず、音階(ドレミ。。。)が感じられる、と言う事は、ドレミの音階と、音の高さの感覚が、脳のどこかで切り離されていることを想像させる。それぞれのドレミ音階に反応する部位が脳のどこかにあるはずで、おそらくドとレに反応する部位は接近していると考えるのが妥当でしょう。もしそうなら、脳の中のどこかに、音の高さとは独立したドレミのリングが存在することになります。そこには、上昇と下降の中の修道士達が、ぐるぐる歩いているかもしれません。

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Shigeru Kondo, Ph.D. Professor


Laboratory of Pattern Formation
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