SF小説と未来科学技術
SF(空想科学小説)は、近未来の、科学が進んだ世界を舞台にしたエンタテインメントである。人間だれしも、科学技術の進歩に対するあこがれがあるもので、自分も、子供のころには、もし@@@が可能になったら、、、、 、と、空想の世界に遊ぶのが大好きだった。SF小説は、その世界を見せてくれるのだから、楽しくて当然である。
SFの世界では、現代では不可能な「何か」が可能となっており、それを中心にストーリーが展開する。斬新で魅力的な設定を思いつけるかどうかが、作家の腕の見せ所だ。読む立場からすると、前に読んだ作品と同じ設定が出てくると興ざめだから、SF的な設定は、作品ごとに新しくなければいけない。特に、既に何万(もっとか?)という作品が存在するポピュラーなジャンルである、宇宙やタイムマシンものだと、ベルヌ、ウェルズの時代から名作がごろごろしており、どうひねってみても、「どこかで読んだことあるような・・」となってしまう。本当に新しい設定を生みだすのは至難の業だ。しかし、何とかしなければ作品は売れないのだ。
新しい設定を作る安直な方法は、過去に使われた設定をスケールアップすることである。たとえば、太陽系が舞台だったのを銀河系にする。大きくなった舞台に合わせて、乗り物や使う武器も、おなじくスケールアップしていけば、ワンランク派手な設定の作品が出来上がる。お手軽である。しかも、舞台を銀河系から全宇宙、さらにはパラレル宇宙へ、と、どんどんスケールアップしていけば、同じ方法で新作を生み出せる。とても楽ちんなので、多くのSF作家が、こぞってこの手法を使い倒したのも、当然である。
だが、この「スケールアップ法」も、いつまでも使い続けられるわけではない。以前の作品よりもさらに派手な設定をもとめ、どんどんエスカレートしていくと、ついには、小説としての緊張感が破たんする。派手すぎる設定が、ばかばかしい設定となり、SFでなくお笑いになってしまうのだ。
例えば、その手の作品の巨匠エドモント・ハミルトンの「銀河大戦」。
ストーリーの冒頭で、<銀河系>が謎の暗黒星雲から攻撃を受ける。もう、いきなり話がでかい。文明の遅れた??銀河系の科学力では対抗できず、(銀河系の)全人類?が絶滅の危機に陥るが、戦況を大逆転する可能性が存在することがわかった。暗黒星雲の近くに、ものすごく科学の進んだ別の銀河があり、そこに行ってお願いすれば助けてくれかもしれないのだ。主人公は、<速さが1000万光速!>のロケットに乗り込み、その銀河に向かう。道中で敵に襲われたり、なんやかやあり、クライマックスでは、暗黒星雲側が<銀河系の全ての生物を一瞬で消滅させる太陽系ぐらいの大きさ超兵器>を登場させ、これで万事休すと思いきや、お助け銀河が貸してくれた超超技術により、<周囲にある太陽を2,30個まとめて、その超兵器にブン投げて破壊し>銀河系は勝利して歓喜のフィナーレを迎える。
しかしながら、ばかばかしさに呆れた読者の多くは、途中で本をブン投げてしまうので、この大団円にたどり着くことは難しい。ちなみに、宇宙もののSFは、スペースオペラ(陳腐な宇宙活劇の意、西部劇がホースオペラと呼ばれたことに由来する)と呼ばれているのであるが、銀河大戦クラスになると、「スペースオケラ」という尊称を与えられている。ついでに言えば、銀河大戦のストーリーで、銀河系を地球に、一千万光速ロケットを旧日本海軍の戦艦デザインに変えると、そのまま「宇宙戦艦ヤマト」になる。
生命科学系SF小説「猿の惑星」
SFの人気ジャンルである宇宙ロケットやタイムマシンなどは、物理学に関する未来技術である。一方、生物学の未来技術を使ったSFは、数は少ないが、名作が多い。一千万光速ロケットやタイムマシンに比べると、実現可能な雰囲気がするため、それだけストーリーがシリアスになるからだ。
例えば、大ヒットしたジュラシックパーク。化石から遺伝子のDNA配列を読み取り恐竜を復活させる話だが、作者のクライトン自身が医学者なので、分子生物学の最新技術をうまく取り込み、プロの生物学者が見ても「もしかすると実現可能では?」と思わせることに成功している。
日本の作品では、小松左京の「復活の日」が素晴らしい。米軍がひそかに作ったウイスル兵器がスパイに奪われて流出し、全人類が絶滅に瀕する、という話であるが、当時の京大教授であったウイルス学者、渡邉格氏が監修しているので、科学的に怪しいところがほとんど無く、研究者が読んでもスリリングに感じる迫真のドラマに仕上がっている。
筆者の仕事柄(生物学、分子遺伝学が専門)SFの設定を本当に実現できるか?をついつい考えてしまうのは、まあ、職業病の様なものだ。例えば、かなり古い映画になるが、「猿の惑星」の設定をどうやったら実現できるか考えてみたら、ちょっと面白かった。最近リメイクがあったから、知っている人も多いと思うが、一応、以下にあらすじを説明しておこう(ネタばれ注意!)。
地球への帰還を目指していた宇宙船に故障が起こり、ある惑星に不時着する。その惑星は、とても地球に似ていたが、大きな違いがあった。大型類人猿(チンパンジー、ゴリラ、オラウータン)が知的生物として文明を築き上げているのに対し、ヒトの知的レベルは低く、言葉を話すこともできない野生の生物である。宇宙飛行士テイラー(チャールトン・ヘストン)は捕らえられ、檻に入れられる。言葉を話すヒトであるテイラーに興味を持ったチンパンジーのジーラ博士と、なぜかテイラーを亡き者にしようとする上司のオラウータン学者ザイラスの間にいさかいが起きる。ザイラスは、遺跡の証拠から、かつて、人が文明を持っていたことに気づいており、テイラーを危険な存在だと考えていた。テイラーはジーラ博士の助けを受け、類人猿の住まない不毛の土地に脱出、そこで、半ば砂に埋まった自由の女神を発見し、自分が今いる星が、700年後の地球であることを知る。地球では、猿が知的動物に進化し、ヒトの知性が退化していたのである。
さて、この猿の惑星のSF的な要素を一言で言うと、「類人猿に知性が進化」になる。もちろん、ホモサピエンスがサルから進化した訳だから、何百万年もかければ、自然と知性が進化してもおかしくない。しかし、映画では700年という、進化にはいささか短すぎる時間でそれが起きたことになっている。そんなことが可能だろうか?自然状態では無理だ。しかし、現代の最先端生命科学の知識を総動員し、遺伝子操作をやりまくれば、なんとかなるかもしれない、、、、。本当に短時間で可能なら、CGや特殊メイクを使わなくても、映画が撮れることになる。そいつは素晴らしい! (素晴らしいかどうかについて、ご異論のあることは、重々承知しております。)
猿の惑星をリアル化できるか
というわけで、いささか強引に話を引っ張ってきたが、以下、猿の惑星の世界を本当に実現できるかを、「科学的に」考えていく。まず、達成すべき状況を確認しよう。映画ではチンパンジー、ゴリラ、オラウータンが全て知的になってしまっているが、この3者の知性には、かなり差があるようなので、ここでは、一番ヒトに近いと思われるチンパンジーに限定することとしたい。次に、知性が生まれるまでの時間であるが、これはできるだけ短い方がうれしい。700年では、実験を始めても結果が確認するのが難しいから、できれば50年くらいに短縮できるように頑張ってみることにする。
知性の基になる遺伝子を探す
人のゲノム(1個体の持つ全ての遺伝子をまとめた呼び名)には、約22000個の遺伝子が存在する。チンパンジーのゲノムにも、この22000個の遺伝子セットは、ほぼ同じ状態で存在する。ほとんどの遺伝子がまったく同じであり、入れ替えても、何も起きない。しかし、何個あるのかはわからないが、ヒトとチンパンジーの間で、変異を起こしている遺伝子があり、それ等がヒトとチンパンジーの違いを作っているはずである。それらの中には、骨格、筋肉、皮膚などの外的な特徴を規定する遺伝子もあれば、知性の有無の原因になっている遺伝子もあるに違いない。その知性遺伝子を見つけ出し、チンパンジーの遺伝子と入れ替えれば、ジーラ博士が誕生するはずである。
では、その遺伝子の候補としてどんなものがあるのだろうか。知性の源泉はもちろん脳であるが、ヒトの脳の容積が1400ccあるのに対し、チンパンジーは400ccしかない。この違いが脳の機能の差になっている可能性が考えられる。したがって、脳の大きさ(=頭蓋骨の大きさ)を決める遺伝子が、一番目の候補となるだろう。では、どうやったら、脳の大きさを決める遺伝子を見つけられるだろうか。
「小頭症」という遺伝性の疾患があり、その原因となる遺伝領域が既に6つ特定されている。それらの遺伝子について詳しく調べると、そのうち3つに関して、旧型猿から大型類人猿に至る過程で変異が認められ、特に、CDK5RAP2という名の遺伝子に関しては、ヒトとチンパンジーの間で変異が見つかった。つまり、この遺伝子変異が人とチンパンジーの脳の大きさの違いに関与しているかもしれないのだ。だから、ヒト型のこの遺伝子をチンパンジーの遺伝子と入れ替えてしまえば、脳が大きくなる可能性がある。(どのくらいあるかといわれても、倫理的に実験不能なので答えられませんが、、、)
脳の大きさでなく、神経細胞に関する遺伝子も候補となる。神経細胞の分化を制御しているADCYAP1という名の遺伝子に、ヒトへの進化の過程での変異が発見されている。また、神経細胞の軸索(遠くの神経に刺激を送るためのケーブル)の形成に関与しているAHI1遺伝子にもヒトへの進化の過程での変異が発見されている。これらの遺伝子も重要な候補となる。
また、ヒトの知性と言語能力との間には、重要なつながりがあると考えられるが、この言語に関係した遺伝子にも、興味深い変異が見つかっている。FOXP2遺伝子はイギリスのある家系に受け継がれる特殊な言語障害の原因遺伝子である。この遺伝子が変異すると、口や顔の筋肉の制御に問題が起きるが、同時に、名詞の規則的な複数形、動詞の時制を作ることができなくなるという特殊な言語障害が起きる。面白いことに、この遺伝子は人を除く哺乳類で完全に保存されているのに対し、チンパンジーとヒトの間に変異が発見されているのだ。つまり、この遺伝子の機能は、ヒトにおいてのみ他の類人猿と異なるのである。
他にも、ヒトと大型類人猿との間で遺伝子重複により増えた遺伝子群Morpheusファミリーや、ヒトとチンパンジーの間で異常に変化が集中しているHARsと呼ばれる特殊なゲノム領域など、候補となる遺伝子はたくさんあるが、とりあえずこのくらいにしておこう。導入すべき遺伝子が見つかったら、次に必要となるのは、それをチンパンジーに導入する手段である。
特定の遺伝子を、動物個体に入れる技術
最近、ゲノム編集という言葉が新聞やTVでも取り上げられることが増えた。先日(2015年3月15日)NHKのニュース番組でも特集されていたので、視た人もいるかもしれない。最近開発された新しい遺伝子操作技術であり、これを使うと、非常に簡便に、ゲノムの特定の位置を狙って、遺伝子を改変・導入できる。
遺伝子改変を行う技術として、最初に実用化されたのは、遺伝子導入(トランスジェニック)と呼ばれる方法である。これは、実験室で設計した人工遺伝子を受精卵に注射し、あとは、細胞が本来的に持つ「組み換え」という作用によって、ゲノムに取り込まれるのを期待するやり方である。簡便ではあるが、遺伝子が、ゲノムのどこに取り込まれるのかわからない。また、細胞がもともと持つ遺伝子はそのままなので、「チンパンジーの遺伝子をヒトのものと取り換える」という目的には適さない。
次の大きな技術的な進歩は、ES細胞の樹立によってもたらされた。ES細胞は、体のあらゆる部分になりうる未分化な細胞であり、培養皿で増やすことができる。そのES細胞に人工遺伝子を取り込ませると、「組み換え」により、かなり低い確率ではあるがゲノムの狙った位置に挿入される。つまり、遺伝子の入れ替えが可能なのである。あとは、正しい位置に人工遺伝子の入ったES細胞を、特別な方法で選び出し、増やした後で、受精卵に戻してやればよい。この方法は画期的であるが、まず、ES細胞を作る必要があることと、選択に時間がかかるというネックがあり、費用と時間がかかる。
そのデメリットを一気に解消してしまいそうなのが、ごく最近開発された、TalenやCrispr-CAS9と呼ばれる新しい方法である。いずれも、<受精卵の中で>ゲノムの特定の位置を切断することのできる技術であり、切断された部分に、人工遺伝子を取り込ませることができる。この方法を使うと、ES細胞を樹立したり、正しい位置に遺伝子が挿入された細胞を選択するが必要ないため、原理的には、どの動物でも非常に簡便に、狙った遺伝子操作が行える。
具体的にはどうすればよいか。まず、チンパンジーからヒトへの脳の進化に関係がありそうな遺伝子を選んで(100個くらい?)、それぞれを、チンパンジーの受精卵に導入。チンパンジーが育ったら知能検査をして、知能の向上をもたらした遺伝子を選び出す(多分10~20個??)。あとは、それら全部をヒトの遺伝子と入れ替えればよい。今の技術だと、1世代あたり1遺伝子しか入れ替えができないが、もう10年も経てば、複数個の遺伝子を同時に改変する事ができるようになる可能性は高い。したがって3世代50年くらいで全ての操作を完了することが可能だ。自分は無理でも、次の世代はリアル猿の惑星を見ることができるかもしれない。いやはや、最近の生命科学はすごいものです。
もっと確実な方法は無いか?
なんだか簡単に猿の惑星が実現するかのように書いてしまったが、ここで、ちょっと冷静になって考えてみる。近い将来、上記の様な遺伝子の入れ替えができることは間違いない。これはほとんどの科学者(脳科学者?)も同意するだろう。しかし、それをやったからと言って、本当に知性が生まれるかどうかについては、残念ながら確実とはではない。脳科学者に尋ねたら、多分「う~~ん、そんなうまくいかないんじゃない?」と答える人も多いだろうと思う。なぜか。チンパンジーからヒトへの変化は、遺伝子の変化が基になっていることは確実だが、上で選んだ遺伝子が、本当に知性と関係があるのかないのか、その保証が無いのである。
例えば、脳の容積を大きくする遺伝子をひとつの候補として挙げたが、本当に脳の大きさと賢さは相関するだろうか?クジラやイルカの脳はヒトよりも大きいが、それだけ賢いわけではない。また、最近の研究により、ネズミの社会にはかなりの社会性があり、想像以上に賢い事が解ってきているが、それよりはるかに大きいげっ歯類であるカピバラは、そんなに賢く見えない。
確実に知性に関係する遺伝子を選ぶことができない原因のひとつは、「知性とは何か」がうまく定義できないからである。知性を生むためにクリティカルな因子が特定できれば、それに関与する遺伝子を取りかえれば良い。しかし、「知性とは何か」がわからなければ、その因子を特定することは難しい。もしかすると、特定の遺伝子の質的な変化ではなく、「多数の遺伝子活性の微妙なバランスが大事」という漠然としたものかもしれず、その場合、決定的な因子を見つけることは非常に困難だろう。というわけで、残念ながら上記の方法では、知性を確実にアップできるとは言えないのである。困った。確実な方法でなければ、研究資金を出してくれるスポンサーを見つけるのが難しい。猿の惑星実現のために、なにか、もっと確実な方法はないだろうか。
逆転の発想。ヒトの外見の猿化を目指す。
実は、猿の惑星を実現させる確実な方法が、ひとつだけある。知性を確実に生み出す方法は無いと言ったばかりじゃないか、と思われるだろうが、この方法では知性を生み出す必要はない。映画のストーリーを思い出してみよう。謎の惑星でテイラーが見たのは、猿の外見を持つ知的な動物と、人の外見を持つ原始的動物である。外見を基準にして猿と人を定義したので、「猿が知性を持った」と考えてしまったが、これは、テイラーの勝手な思い込みかもしれない。逆に知性を基準にしたらどうだろう。「知性を持つ生物=人」であるのなら、テイラーの見たものは、「外見が猿そっくりな人」である。お分かりですか。知性が進化(退化)したのでなく、人の外見が猿化、チンパンジーの外見がヒト化すれば、テイラーの見た世界と全く同じものを作れることになるのです。
何をばかなことを!と思われるだろうが、生物学的には、こっちの方が確実で簡単なのだ。なぜなら、人類の歴史の中で、他の動物に知性を進化させた例は未だに一つもないが、外見を思いっきり変えたことは、ざらにあるのだから。
品種改良の驚異
分類学で使われる「種を特定する」ための要素のほとんど全てが「生物の外見」である。人は人っぽく見えるし、猿は猿っぽい。いつかは進化により変化して行くだろうが、それには、ものすごく長い時間がかかる、と言うのが、我々が共通してもつイメージである。しかし、それは野生の「自然選択」に依存する進化にとっては当てはまっても、人為的な進化、すなわち品種改良には当てはまらない。生物の外見は、大抵の人が思っているよりも、簡単に、しかも大きく変わりうる。
例えば、下の2つの魚。ひとつは縞模様で、もひとつは斑点模様だ。明らかに模様が違う。当然、発見した人は違う魚として分類した。しかし、調べてみると、違っているのは、模様を作る仕組みにかかわる遺伝子の一つのみ。しかも、その遺伝子を構成する数千塩基対のうちのたった1塩基対でしかない。それ以外は完璧に同じなので、こんなに違って見えるのに、完全に同じ種という事になる。もちろん、遺伝子導入で、模様は簡単に変えることができる。
品種改良による進化のスピード化
品種改良によって生物の形態を大きく変えた例はたくさんあるが、もっとも身近なのが犬であろう。犬は、もともとオオカミであり、これを人間が1万年ほど前に家畜化したところから、品種改良がスタートした。と言っても、最初の9000年くらいの変化は極端なものではない。外見がものすごく違う犬、チワワ、ダックスフント、プードル、チャウチャウなどが誕生するのは、もっと最近のことである。
なぜ、こんなに形の違う変種が、ごく短時間に生まれたのか?突然変異が生じる頻度は、特別な操作をしない限り一定なのに。その理由は、遺伝子プール、量的形質、という2つの進化遺伝学のキーワードで簡単に説明できる。以下、具体的な対象があった方が考えやすいので、ブルドックの鼻の長さ、ダックスフントの肢の長さをイメージしながら読んでもらえると良いだろう。
普通、中学・高校の遺伝学で習うのは、一つの「質的」な特徴(エンドウ豆の色、皺など)が一つの遺伝子によってきめられている、単純な場合である。質的な変化、たとえば緑色が青になる、が起きるためには、新規の、しかも、ものすごく特殊な突然変異が起きる必要がある。そんなものが生じる可能性は、たぶん何百万年に一回だろう、というか未来永劫そんなものはできないかもしれない。
しかし、「鼻の長さ」の場合はちょっと違う。鼻の長さは、「質」でなく「量」である。鼻は頭を構成する頭蓋骨の一部で、その形成には多数の遺伝子がかかわっている。鼻の長さは、多数の遺伝子の働きが統合されたバランス、として、結果として決まるのである。このような形質(遺伝的な性質)を「量的形質」という。
変な喩えかもしれないが、企業が本社ビルを建てる場合に似ているかもしれない。何階のビルを建てるかは、立地条件、社員数、資金、コスト、などなど、あらゆる条件のバランスから必然的に決まる。それぞれの条件のどれが変化しても、たとえば、資金が足りなくなった、あるいは港区から世田谷区に変更になれば、当然、最適な高さも、高くなるか低くなるか、微妙に変わる。鼻の長さを決める遺伝子も同じだ。頭蓋骨を作る遺伝子はたくさんありそうだが、そのどれかの働きに変化が生じれば、高い確率で、鼻の長さに影響する。したがって、そのような変異は、質的な変化をもたらす変異と比べ、はるかに容易に起こりうるのである。鼻の長さへの影響がわずかなであれば、生死に影響しないから、自然選択の対象にはならず、その変異は、オオカミの集団の中に、いつまでも残る。長い時間に(これは数万年とか数10万年の時間スケール)そうした変異が蓄積し、ゲノムの中のそれぞれの遺伝子に、いろいろなバラエティが生じる。この、集団が持つ遺伝子のバラエティが遺伝子プールである。
遺伝子プールの中に、鼻をすこしだけ長くする変異、すこしだけ短くする変異のバラエティが蓄積されても、それらは、それぞれの個体にばらばらに存在するため、極端に鼻の長さの違う個体は現れない。だから、外見的には種としての形態変化は起きない。人間の顔が、それぞれ微妙に違うが、全体として一定の範囲にとどまるのと同じだ。しかし、人為的な交配を行えば、それらの変異を1個体に集めることができるのだ。仮に一つの変異が5%鼻を短くするのなら、2つ、3つの変異を集めれば、もっと極端に短い個体を作ることができる。
つまり、新たなDNAの変異が生じなくても、人為的な交配により、遺伝子プールの中から適切な組み合わせを作るだけで、自然状態の進化よりもはるかに早く、体の形を大きく変えることが可能なのだ。通常の品種改良では、交配はアットランダムにやるが、最新の遺伝子解析技術を使えば、効果のある変異を持っている個体を事前に選び出すことも可能。したがって、古典的な品種改良より、さらなるスピードアップできる。
チンパンジーとヒトの外見は、オオカミとブルドックよりは、はるかに近そうに思われる。だから、(いろいろな理由で実行は不可能でしょうけど)、ずっと短い世代数で、精神的には完全に文明人でありつつ、外見は完全にチンパンジーができ上るはず。あとは、その第一号に「ジーラ」と名付けるだけでよい。
文化とファッション。シュールな世界は実現するか?
以上のように、知性を進化(退化)させなくても、逆に、ヒトの外見を猿化することで、猿の惑星を「技術的には」実現できることが解った。そんな実験できっこないと思われるだろうが、でも、もしかすると、人間がそれを望むかもしれないと思うのである。
野生動物が裸ですっピンであるのに対し、人は様様なファッションの服を纏い、化粧までする。その姿は、原始人から見たら、猿の格好をするよりも不気味だろう。ファッションは文化であり、文化は知性から生まれる、はずである。しかし、その知性の結果であるはずのファッションもエスカレートすると、理解不可能なところまで突き進む。文化の「スペースオケラ化」である。
レディガガやキッスはまあショービジネスだからいいとしても、昔渋谷ではやった?ヤマンバギャルクラスのファッションになると、もはや、チンパンジーの特殊メイクの方が、まともに見える。どっちが知的に見えるかについても、、、う~ん、チンパンジーの圧勝のような・・・・
他にも、中世のヨーロッパは男も女も異常なファッションの巣窟で、例えば、超巨大船盛りヘアなんて代物が、実際に社交界で流行したとのことである。それを纏っていたのは、ヤマンバギャルでは無く、当時最高の文化人たちである。エリザベス女王の肖像だって、冷静に見れば、そうとう不気味だ。子供だったら、恐怖でひきつけを起こすかも。文化には、ある指向性が生まれると、バランス感覚を無視してひたすらエスカレートする性質があるのだ。そうなってしまうと、どこに行くのか予想がつかない。江戸時代のちょんまげ長裃を見てしまうと、もはや、一千万光速ロケットを笑うことは難しい。
アニマルプリントの服を着るのは、おそらく、その模様がかっこいいと認識されるからだ。だったら、いっそ遺伝子改変で、その模様を皮膚に作ってしまおう、という遺伝子コスメが50年後には流行っているかもしれない。あるとき、どこかのハイパーファッションクリエイターが、「チンパンジーってクールだよね」、と言い出したら、世界中がそっちの方に動き出す可能性だって0ではない。
(あくまでも、可能性ですので。)そうなったら、何もしなくても猿の惑星は出来上がってしまうのである。ああ、おそろしい。
知性の発達には、それを求める意思が必要?
ちょっと脱線しすぎた。SF小説「猿の惑星」の話に戻ろう。映画版の猿の惑星では、知性の進化・退化が起きた理由についてはまったく言及されないが、原作本では、特にヒトの知性が退化した理由、が作品のテーマに深くかかわっている。テイラーとともに捕獲されたもう一人の地球人は、動物園の人舎で飼われることになる。その地球人は、宇宙船や宇宙探査のスペシャリストで、才能にあふれ、知的な科学者だった。しかし驚いたことに、その科学者は、短時間で<動物園のサル>の状況に完全に馴染んでしまい、テイラーが呼びかけても、もはや、知的な活動にまったく興味を示さなくなってしまったのである。
一方、一人のチンパンジー学者の画期的な研究から、ヒトの知的レベルが後退していった過程が明らかになる。テイラーが宇宙に出ていた700年間に、ヒトの社会は徐々に無気力になり、知的活動がズルズルと減退。しかし、ヒトはその状態に安住し、止める手立てを講じなかった。その間に、類人猿は次第に意志を持つようになり、ヒトの社会を乗っ取る。ついには、猿の惑星が出現したのである。つまり、「知性はヒトの本来的な欲求ではなく、餌と安全が保障された環境にいると、減退してしまう」というのが、作者の警告(あるいは主張)であるが、どうだろう。
ありえない、と思いたいが、結構、正しいかもしれない。吉田松陰のように、勉強したくてしたくて仕方がない子供は、そんなにいない、、というより、そんな子供、どこにいるのだ?筆者も、大学の講義をさぼって、ゲームセンターで遊んでいたことがあるが、そこにあるゲームのうちのいくつかは、チンパンジーでも余裕で遊べそうだ。う~ん、やってることは、動物園で猿化した科学者と似たりよったりだ。
大学は、さすがに猿化を奨励したりはしないが、世の中には、それっぽい主張は結構ある。進みすぎた文明を批判する言説には、 「理屈で考えるより、心で感じなさい」 というフレーズが良く出てくる。なんとなく、理屈よりも心の方が高級そうなイメージがあり、なるほど、と納得してしまいそうになる。
しかし、感じることはチンパンジーでもできる。理屈と知性は不可分だが、心に知性が必要かどうかはわからない。
だから、「理屈で考えるより、心で感じなさい」を猿の惑星的に翻訳すれば「ヒトの知性を捨て、動物の感覚に従え」となる。
ちょっと、まずいんじゃないか?こんなこと、大っぴらに言い続けていると、みんな、あほになってしまうぞ。 そ、そうか。もう、「猿の惑星リアル化計画」は、動きはじめているのだ、、、、
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