• Shigeru Kondo

研究論文や申請書におけるジンクピリチオン効果について

最終更新: 2018年11月9日

皆さんは「ジンクピリチオン効果」という科学用語をご存知だろうか? 何やら難しそうな、ややこしそうな響きを持つこの言葉は、「言葉の衝撃力が脳に与える影響」を表現するために生み出された科学用語なのである。

 洗剤や化粧品のトップ企業である花王のベストセラー商品「メリットシャンプー」のCMを覚えている方も多いだろう。30年以上続いたそのCMのキャッチフレーズは、常に「ジンクピリチオン配合」であった。競争の激しく、しかも効果の違いの解りにくいシャンプー市場で、一つの銘柄が何十年もトップを競うというのは極めて稀であることから考えても、CMの効果は絶大であったと言わねばならない。CMを見た消費者は「ジンクピリチオン!。おぉ!それはよさそうだ!」と感じて買いに走ったに違いない。

 しかし、よく考えてみれば、このCMが効果がある、ということ自体が不思議である。なぜなら、ジンクピリチオンが一体何なのか、一般消費者が知っているわけはないのだから。にもかかわらず、消費者に「この製品はすごい」と思い込ませてしまう魔法のような力。それこそが、「ジンクピリチオン効果」なのである。

この言葉の生みの親である、作家の清水義範氏の論文(清水義範パスティーシュ100、インパクトの瞬間、筑摩文庫)には以下のように解説されている。 「ジンクピリチオンが何であるのか、つまり、動物なのか、鉱物なのか、植物なのか。甘いのか酸っぱいのか、硬いのか柔らかいのか、 押し出しが強いのか人当たりが良いのか。そういうことを知ったとしてもあなたに何の利益があるだろう。そのようなことを知っていることを、無駄な知識と言うのである。ジンクピリチオン配合。虚心に、この言葉だけに耳を傾けなければならない。そしてそうすれば、あなたは必ずこう思うはずなのである。なんだか、すごそうだ。その心の声こそが、この言葉を聞いた時の正しい反応なのである」

 つまり、言葉は、その意味するところとは別に、その音感と新奇性に由来する「衝撃力」を持つ場合があり、清水教授は、そのような「爆発性言語」の精神活動への影響力を「ジンクピリチオン効果」と命名したのである。  氏の論文には、ジンクピリチオン効果を持つ他の言葉として、セラチオペプチターゼ配合、デュラムセモリナ100%、あらびきネルドリップ方式、などが挙げられている。また、1単語の響きでなく、虚を突く論理性がジンクピリチオン効果を生み出す場合もある。例として、「ドライなだけのドライではない」「コクがあるのにキレがある」などである。無論、これらの高尚すぎるフレーズに意味などあろうはずがない。いや、逆に意味など無いことが重要なのだ。ともかく、「んっ???わけが解らん。」と思わせてしまえば、視聴者は、その商品を「凄そう」と思ってしまうのである。誠に高度なレトリックと言わねばなるまい(笑)。


さて、ここからが本題である 

我々は、論文や研究費の申請書を書くとき、その文を読んだレビューアーや読者が「すごいっ、と感じてほしい」と願いながら書く。当然、正確さとともに表現力が重要であり、何らかのレトリック(修辞法)を使って、より重要そうに、より魅力的に、書ければそれに越したことはない。  だが、英語の修辞法なんて、そもそもサイエンスそのものよりも敷居が高い、という現実がある。日本語でだって、名文を書くのは至難の業なのである。では、レトリックによる論文・科研費のレベルアップはあきらめざるを得ないのか?


いやいや、そこで「ジンクピリチオン効果」ですよ。爆発性用語の破壊力で、お手軽に論文や申請書を「凄そう」にできるのです。

 筆者が、科学論文におけるジンクピリチオン効果を持つ語として最初に気がついたのは、synergistic effectである。論文でこの語を初めて見たのは80年代後半だった。意味が解らなかったが、なんか「すごそうだ」と感じたのを覚えている。しかし、よくよく読んでみると、言葉のインパクトほど画期的なことが書いてあるわけではなかった。

 1つの現象に2つの要素がかかわるとき、制御のロジックとして重要なのは、2つの要素のどちらかがあるときにonになる「or」か、両方ともそろったときのみonになる「and」である。だから、or または and であることを決定したというのであれば、確かに重要な発見であると納得できる。一方、「Synergistic effect」が意味するのは、そのどちらでもなく、なんとなく両方がからんでいる、というアバウトなものだ。この語は Or に近いものでも、and に近いものにも使える。アバウトすぎて、制御系の性質をあらわすには適していない。遺伝学の専門家に聞くと、もともとこの語は2つの突然変異の相乗効果に関して限定的に使われていたらしい。たとえばAの遺伝子の変異で増殖が70%に落ち、Bでも同様に70%になる。しかし、A,Bともに変異を起こすと増殖は0%(致死)になる、というように。これは、どちらかの遺伝子があれば、ほぼ正常に生育できる関係だから「or」に近い。  しかし、シナジーという単語は、本来科学用語でなく、一般には2つの要素が絡む現象に対してどんな場合でも使うことができる。そのため、この語の音感が放つジンクピリチオン効果に誘われて、次第に適用範囲が拡大していったのだろう。あまりに適用範囲が広くなりすぎると、何を意味するのかがあいまいになり、科学用語としては、適切でなくなるはずなのであるが、ジンクピリチオン効果がそのデメリットをカバーするのである。


「synergistic effect」と堂々と書いてあると、どうでしょう。なんだか、ものすごい発見をしたような雰囲気が漂ってきませんか。下手をすると、明確なandかorの制御系を見つけたにも関わらず、synergistic effectの方がかっこよさそうなので、論文のタイトルにそう書いてしまった人もいたのではないだろうか?

この語を使った論文の数をpubmedでサーチしてみると、この語が何時普及したのかがよくわかる。10年ごとの論文数でみると 51年~60年:53報

61年~70年:92報

71年~80年:800報

81年~90年:3493報

91年~00年:5864報

01年~10年:10472報  となる。論文数全体の増加を考えると、70年ぐらいまではこの語の使用頻度は一定で、その後20年間で急速に流行し、91年以降は高止まりで安定している。筆者と同様80年代半ばごろからよく目につくようになった、と思われる方が多いのではなかろうか。現在ではあまり増えていないということは、この語の持つジンクピリチオン効果は、90年以降は下降しつつあるということだろう。ジンクピリチオン効果には新奇性が必要なため、その語が流行してしまえば、効果が薄れるのは必定である。

さて、そうなると、我々は常に新たな爆発性言語を開発する必要に迫られる。実際、この10年間で多くの「爆発性言語・用語」が発明された。以下、そのいくつかを挙げてみよう。

「遺伝子のクロストーク」 

やはり10年くらい前に初めて聞いた言葉である。pubmedで調べると、Synergistic effectよりやや新しいジンクピリチオン用語であることが解る。 51~60年:0報  

61~70年:1報  

71~80年:6報  

81~90年:59報  

91~00年:386報  

01~10年:1485報

 さて、クロストークとは一体なんだろうか? 遺伝子の会話が交錯している?なんだか多数の遺伝子が互いに議論をして、細胞や個体全体の挙動を決めているような、そんな壮大(笑)なイメージに虚を突かれる。これはすごそうだ。しかし、待てよ。なんで「相互作用」じゃだめなんだ? そもそも、会話が交錯(クロストーク)するだけでは、賛成しているのか、反対しているのか、あるいは意味のある会話になっているのか、ただざわざわしているのか全く分からない。お解りのように、ここでも、それまで使われていた科学用語を、わざわざ意味の漠然とした一般用語に置き換えるという意瓢を突いた技を使うことで、ジンクピリチオン化がおこなわれている。

「トランスクリプトーム解析」 

この語の意味するところは、「がんがんgene chipをかけました」、「めっちゃシークエンスしました」である。通常、研究室の親分が入りたての学生のトレーニングにやらせる「筋トレ的なおしごと」であるが、ジンクピリチオン効果のおかげで、なんとなく重要な研究を成し遂げたような気分になるので、学生をやる気にさせるのに有効だ。そういえば、以前、学会のポスター発表にも「@@@のトランスクリプトーム解析」という演題がたくさんあった。「親分たちは皆、学生を働かせるのに苦労しているんだなあ・・・」と感慨にふけったことを思い出す。

「@@@のダイナミクス」 

@@には何を入れても良い。神経活動でも、発生現象でもなんでもOK。組み合わせることでジンクピリチオン効果を発揮する。止まっているものよりも、動いているものの方が難しそうなので一時(今でも?)良く使われた。「神経活動のシンポ」というより、「神経活動ダイナミクスのシンポ」と言う方が、なんだかかっこよく聞こえるでしょう。しかし、意味することの違いは、タイトルをつけた人でも説明できまい。そういえば、少し前の@@@の特集記事に「発生メカニズムのダイナミクス」というのがあったが、これは明らかに変だ。発生のメカニズム(=仕組み)自体が動的に変化してしまえば、正確な発生など起きるはずもない。仕組み自体は安定だが、それが生み出す現象がダイナミック(動的)なのである。安直にジンクピリチオン効果に頼ろうとすると、たまにこのような間違いが起きる。特集のオーガナイザーだった@@@の@崎さん、以後気をつけましょう。

「@@システム」  

上のダイナミクスとほぼ同じ用法で使われる。例としては、生命システム、発生システムなど。私も、名古屋大のGCOEの申請書を書くときに、この言葉を使ってしまいました。いや、まったくお恥ずかしいことでございます。

「ゲノムワイドなスクリーニング」 

遺伝学の古典的なスクリーニングというのは、もともとすべての遺伝子についてやるものだからなあ。ゲノムワイドでないスクリーニングなんてあるんだろうか?だけど、たしかにこう書くと、先端的な研究に聞こえるなあ。

「インシリコ解析」 

データベースをサーチしましたってこと?それとも、シミュレーションして何か予測したのかな?あるいは、3D構造の推定?これらのどれについても「インシリコ解析」という言葉を使うことができるので、要するにコンピュータを使いました、という意味でしかない。もっと研究内容を特定できる単語があるのに、といつも思うのだが、やはりジンクピリチオン効果の誘惑には勝てないらしい。確かにかっこよく聞こえることは聞こえるんだけど。

「ロバストネス」 

これも、最近、読んだり聞いたりすることが急激に増えた言葉ではあるが、恒常性、あるいは安定性じゃいかんのか?といつも思う。でも、たまに自分でも使っちゃたりしている。「恒常性」という生物学的な香りのする言葉よりも、工学的な香りがするので、新奇性を印象づけられる。だが、意味はやはり漠然としている。昨今勢力を伸ばしているのは、やはりジンクピリチオン効果によるところが大きいと思われる。

「くおりや」

・・・・・・・・・・・・・・・・・これに突っ込んだら負けになる気がする・・・  とりあえず、このくらいにしておこう。実は、上記のジンクピリチオン用語の多くは、私の周囲の研究者の方々から「これも入れといてくれ」と頼まれたものである。皆さんも、新しい爆発性用語を思いついたら編集部まで送ってください。細胞工学が、特集号のタイトルに使わせていただくかもしれません。さて、上記の爆発性用語を使ってジンクピリチオン効果満点の研究タイトルを作ると、こんな感じになる。

「ゲノムワイドなインシリコ解析で解った生命システムのダイナミクスとロバストネス」どうでしょう。なんだか、思いっきり高額な研究費が通りそうなオーラが漂ってきませんか? えっ、そうでもない? そうかなあ・・・・

 まあ、ジンクピリチオン効果はスパイスのようなモノですから、使いすぎに気をつけましょう。言葉は、特に科学の分野においては、正確な意味が伝わってなんぼ、ですから。さて、ここまで読み続けていただいた読者の中には、「なんでお前の“反応拡散波”がでてこないんじゃ?」とお思いの方もいらっしゃるかと思います。いやもう、まったくご指摘の通り。ジンクピリチオン効果、バリバリです。ではありますが、ここはメリットシャンプー愛用歴30年に免じて、御勘弁いただければありがたく存じます。

さて、最後に一言。ここで是非、学会の抄録集を眺めていただきたい。メリットシャンプー愛用者は、たくさんいることが解ります。ほら、あの人も、あの人も・・・・・

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共同さんかく、応募のしかく、ごかくの評価は得られるか?

このコラムは、約8年前に書いたものの再掲です。現状とは違っている点。時代錯誤な点もありますが、あえて、そのまま掲載します。多くの人に読んでいただくため、冗談等を加えて書いてありますが、内容は極めて真面目です。 「強敵」と書いて「友」と読む 強敵と書いて「とも」と読むのは,「北斗の拳」の世界である.マンガの中で,さっきまで闘っていた(と言うよりも,殺しあっていた)当人たちが,勝負がつくや否や「親友」

Shigeru Kondo, Ph.D. Professor


Laboratory of Pattern Formation
Graduate School of Frontier Biosciences 
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