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  • 執筆者の写真Shigeru Kondo

からだの模様を生み出す波紋の原理(前編)

たまに、TV局から電話がかかってくる。

番組制作AD「もしもし、あのぅ、シマウマの模様なんですけどね」 筆者「はい」 番組制作AD「あれは、縞模様があると空気の流れがおきて体を冷やすのに役立っている、と言う説があるそうなんですが、本当でしょうか?」 筆者「はぁっ?」 番組制作AD「え~、陽が当たると黒い部分だけ温度が上昇し、白い部分とのあいだに温度差が生じるので対流がおき、体を冷やす、と言う話なんですが」 筆者「う~~ん。。。。あなた、縞模様の服、持ってますよね。」 番組制作AD「はい」 筆者「それ、着ていると涼しいですか?」 番組制作AD「えっ?」 筆者「だって、シマウマが涼しいのなら、人間だって涼しいはずでしょ?どうです?」 番組制作AD「あ~~、、、、そうですねぇ。特にそんなことはないかと、、、」 筆者「でしょ、ありえませんよ、そんな説。」 番組制作AD「はぁ。」 筆者「ご用件は、それだけ?」 番組制作AD「あ~、え~と、では、ヒョウ柄模様に関してですが・・・」 筆者「ああ、あれもTuringの原理でできますよ。」 番組制作AD「い、いえ、そうじゃなくて、何故大阪のおばちゃんがヒョウ柄を好むかと言う、、あっ、」 筆者(ガチャ)


こんな感じの問い合わせが、半年に一回くらいある。 大阪のおばちゃんはともかくとして、シマウマに関しては、確かに不思議だ。 あんなビビッドな模様を観たら、何か意味があると考えたくなるのも無理はない。 シマウマのシマは、明らかに目立つ。草食獣が目立つのは生存に不利なはずなのに、あの見事なシマが進化したのである。何かの理由で、生存に凄く有利でなければ納得がいかない。

シマウマの縞模様に関する諸説

シマウマの模様に関しては、他にも色々説がある。 有名なのは 「シマウマの縞は、一見目立つが、実はサバンナのブッシュと同化してしまい、思ったよりも見つけにくいのだ。だから、あの模様があるとサバンナでは生存に有利であり、そのために進化したのである。」 というもの。

この説はもっともらしく聞こえるが、信ぴょう性については結構怪しい。昔、アメリカの大統領セオドア・ルーズベルトがアフリカにハンティングに行った時に、「シマウマは、最も目立つ獣であり、サバンナではどんなに遠くからでも見つけることができる。あの模様がカモフラージュになると聞いていたが、到底信じられない。」と書き残している。だいたい、クリントン、じゃなくてブッシュに隠れるためだったら、あれほど鮮明な白黒である必要はあるまい。もっと目立たない色選びができるはずだ。

他にも、 「ストライプ柄は、模様が目立ちすぎる分、輪郭が見えにくくなるという特徴がある。そのため、シマウマが群れを作っていると、群れが大きなモンスターに見えてしまい、ライオンは怖くて近寄れない。」 と言う説明もある。

興味深いアイデアではあるがこれも信じがたい。だって、ビデオでライオンが、まっしぐらにシマウマに飛びかかるシーン、皆さん、何度も見ているでしょう。どう見ても、彼らの目に映っているのはモンスターでなく、本日のディナーである。

という訳で、このシマウマ問題には、一般に言われているような単純な答えでは、うまく説明できない。 よろしい、ならば、プロの生物学者がお答えしよう、と言いたいところ(筆者は進化学者では無いですが。。。)だが、実はこの問題は、プロの生物学者にとっても難題なのである。なぜなら、シマウマ同様、きれいな縞を持っているのに、その「意味」が解らない動物はうじゃうじゃいるのだ。いやむしろ、意味(利点)を想像できる種がほとんどいないと言って良い。


シマウマ以外にも、意味の解らない縞生物はうじゃうじゃいる! 例えばこのゼブラウツボ


色合いと言い、縞の乱れ方と言い、シマウマそっくりである。しかし、こいつの場合、岩礁地帯最強の捕食者だから、身を守る必要はほとんどない。群れないから、輪郭がどうの、と言う事も関係なし。海底の岩の隙間に隠れており、しかも夜行性だから、模様なんてあってもなくても関係なさそうだ。その証拠に、近縁のウツボで、似た模様を持っている種はいないのである。

いやいや、えさ取りではなく、交配の時に、この模様が何らかの働きをするかもしれない、と考える方も居るかもしれない。では、こいつはどうだろう。


このビビッドな白黒ストライプの生き物は、扁形動物の一種でクロスジニセツノヒラムシという。扁形動物だからプラナリアの仲間である。目にレンズその他の構造が無く、明暗を感じるだけなので、自分や交配相手が「縞模様」であることもわからない。と言うか、それ以前にそれを認識する脳が無い。サンゴ礁の魚には、こいつを食べる種類がいるそうなので、何かに擬態していると思いたいところだが、こんな黒白ストライプの生き物なんていないし、そもそも、目立ってしょうがないでしょうに。

あと、身近なところでは、サバですね。


このように見事な縞模様である。この模様には、切り身が新鮮かどうかをスーパーで見分けるのに役に立つ、という用途は有るが、それは人間にとってであり、サバ君にとっての用途では無い。こいつ等は、巨大な集団を作り大洋を回遊する魚であり、捕食者(大型の肉食魚、海鳥)は、群れを見つけて狙いをつける。一匹一匹の細かい模様が、擬態、カモフラージュに働くと言うのは、ちょっと有りそうもない。

と言うような訳で、この「縞模様進化の謎」は普遍性があり、だとすれれば、学術的にも解決する価値がありそうだ。だが、やっかいなのは、これが「進化」の問題であることだ。良い答えを見つけても、それを証明することは至難である。本当に縞が何かに役に立つことを調べようと思ったら、縞のある群と無い群の個体数の変動を観察し、しかも、それを何10世代も続ける必要がある。想像するだけでも、めちゃめちゃ大変そうである。 う~ん。何か代りの方法は無いのだろうか?


無地からシマシマへの進化の中間型は? 進化の問題を考えるときのスタンダードな方法のひとつは、化石を調べて変化の道筋を辿ることである。通常、進化は徐々に起きるから、何か極端な形質、例えば、象の鼻とかキリンの首等の極端な形質が出現する過程で、中間型が存在する。それらを並べて眺めてみれば、その形質が進化した理由がわかるかもしれない。


馬とシマウマのどちらが先かはわからないが、常識的に、馬(のような外見の生物)が先と考えて間違いなかろう。通常の野生の馬は茶色か灰色で、色の濃さは全身で均一である。一方シマウマは、ご存知のように、白と黒のハイコントラストなストライプだ。では、進化の過程で現れたはずの中間型はどんな模様だろうか? (これは、ちょっと面白い問題です。是非、よく考えて、自分なりの仮説を考えて下さい。)

毛の色は、残念ながら化石には残りにくいので、化石からはこの答えを得ることはできない。しかし、中間型を知るという目的のためだけなら、馬とシマウマを掛け合わすという「荒業」があるのです。そんなこと、やってよいのか?ワシントン条約に引っかからないの?と心配する読者もいるかもしれないが、こうした種間雑種を作る試みは、昔は、結構普通に行われていた。今でも、テキサスあたりの牧場主たちの中には、そうした掛け合せを趣味でやっている人たちが結構いる。(テキサスでは、ペットショップで虎が5万円で売っているそうです。まじかっ?それはアメリカでも法律でダメなんじゃないの?と聞いたら、「ここはテキサスだ」との答えが返ってきました。どうも、テキサスはアメリカじゃないらしい・・・)で、行ってきました。テキサスに。答えは下の写真です。


馬とシマウマの雑種の模様は、縞模様ではあるが、縞がシマウマよりも細く、更に、色も白と黒ではなく、薄茶と濃い茶色になっています。つまり、色のコントラストが弱くなっている(黒は、ものすごく濃い茶色とも言える)。う~む。実に面白い。

この結果は、はるか以前に(1920年頃)に出版されたアメリカ政府の農業雑誌に掲載されている。それによると、馬とシマウマの組み合わせだけでなく、「シマウマとロバ」や「シマウマとポニー」の間で掛け合せをやっても、すべて同じ結果になるらしい。つまり、馬とシマウマの雑種で上の写真のような模様が出現するのは、普遍的な現象であり、おそらく、模様形成の原理から来る必然的なもの、ということになる。

う~む。シマシマがどうして進化してきたかを考えていたら、なんだか、もっとややこしい問題にぶつかってしまったようだ。しかし、模様のできる仕組みと、その進化に深い関係があることは間違いなさそう。だとすれば、その仕組みが解れば、進化の謎も解決するかもしれない。幸い、現在でも多くの種が皮膚の縞を持っており、それらを使えば、縞ができる仕組みは、実験で解明することが可能なのです。

と言う事で、前置きが長くなりましたが、今回は、皮膚にシマシマを作る仕組みを明らかにし、その原理からシマシマを持つ生物種がたくさん存在する理由を解いていきます。 小学生を持つお父さん、お母さん、必見です。


いろいろな模様を眺めるだけで、原理が透けて見えてくる さて、これから動物の模様ができる仕組みを考えていくのだが、その前に、ざっと模様のある動物を眺めてみることにしよう。地球は生命の実験室である。いろいろな模様の共通点やバリエーションを見ているだけで、模様形成の原理について、いくつも重要な事に気がつくはずだ。

まず、下の写真を観てもらいましょう。


これは魚の内部構造。皆さん、焼き魚を食べる時にいつも観ている通り、皮膚の下の構造は、どの魚でもだいたい同じである。そこのところを良く覚えて起きましょう。

で、次に下の魚の模様をざっと眺めてみます。



どうでしょう? なにか、気がついたでしょうか?

まず、骨の絵をじ~っと眺めてから模様を見てみましょう。どの魚の模様も、内部の骨や筋肉の構造とは、似ても似つかないことが解る。つまり、皮膚の模様と体の内部の構造は全く関係ない。これは、模様を考える上で、非常に重要なことだ。皮膚模様のパターンは、体の内部構造の影響を受けていない。言い換えれば、「模様を作る仕組みは、体の内部と関係なく皮膚の中だけで働いている」ということになる。

二つ目は、模様のバリエーションに関して、である。色を無視して、模様だけを見てみると、どうでしょうか?そうです。色は種ごとに多彩なのですが、「模様」だけに着目すると、意外とバリエーションは限られており、だいたい、斑点、縞、網目の3通りしかない。しかも、その3通りの模様は、どれもほぼ等間隔の繰り返し模様、という共通点を持っている。

という訳で、我々が探すべきなのは、「皮膚のなかで働く、繰り返しパターンを作る仕組み」ということになる。ちょっと見通しが良くなってきました。ここで、「あれっ?それじゃあ、もしかすると、指紋とも関係あるのかな?」と思った人。あなたは鋭い。指紋は縞模様の遠い親戚です。ですが、その話はかなり込み入ったことになるので、また別の機会に。

模様研究の切り札、ゼブラフィッシュ登場 では、いよいよ、模様を作る仕組みの解明に入って行こう。 実験動物には、シマウマを使いたいところだが、こいつはでかすぎて実験室に入らない。だから、縞模様を持つ唯一のモデル生物、ゼブラフィッシュを使う事にします。

野生型ゼブラフィッシュの皮膚を顕微鏡で見ると、

模様は、ベタ塗りでなく、黒と黄色の色素細胞のモザイクでできている事がわかる。 この2種類の細胞の配置が模様になるのだ。どうやって配置が決まるのだろう?

実は、黒い細胞(メラノフォア)が無い変異体があり、その場合、黄色は縞を作らず、一様に分布することが分かっている。つまり黄色が縞を作るには、黒が必要なのだ。逆に、黄色細胞が無い変異体の場合も、黒はまばらにではあるが、均一に散らばり、模様を作らない。


この事実から、黒細胞と黄色細胞のどちらかが先に縞を作り、残りが隙間を埋める、というわけではなく、おそらくこの2種類の細胞のせめぎ合い(難しく言うと「相互作用」)で模様ができている事が想像できる。


黄色細胞と黒細胞のせめぎ合いが模様を作る では、こいつ等は実際に皮膚の中で一体何をしているのだろう。 実は、模様が出来る過程を観察するだけで、重要なヒントが得られる。

模様が完成していない若いゼブラフィッシュの皮膚では、黒と黄色の色素細胞が完全に分離しておらず、混じった状態で存在している。


時間の経過とともに、黄色が優勢な領域では黒い細胞がいなくなり、黒が優勢な領域では、黄色細胞が消えていき、色が綺麗に分離する。

この時間経過を見ると、黒細胞と黄色細胞が、互いに相手を排除(殺し合う)していることが想像できる。 本当にそんな相互作用があるのかどうかは、一部の細胞をレーザーで殺すことで簡単に確かめられます。


実験ではまず、若い個体で、黒細胞が黄色に取り囲まれている場所を探す。で、黒と接している黄色細胞だけを、レーザー光を使って殺してしまうとどうなるか?


予想通り、黒細胞は生き残る。ということは、黒が死ぬのは、それを取り囲んでいる黄色細胞に原因がある、ということだ。この関係は、黒と黄色を逆にした場合にも成り立つので、やはり、想像したとおり、隣り合った黒と黄色細胞は、互いを排除しようとしていることがわかる。

さて、隣通しは敵対関係にあることはわかった。では、遠いところにある細胞の影響はどうだろう?次の実験では、広い範囲の黒、又は黄色細胞を全部レーザーで焼いてみる。残った色素細胞にどんな変化が起きるだろうか? 興味深いことに、この実験の結果は、黒と黄色で異なる。

まず、黒を広範囲で焼いた場合だが、残された黄色は何の影響も受けない。元気に数を増やしていき、もともと黒がいた領域にも広がっていく。



一方、黄色を広範囲で焼いた時、黒細胞の多くは急に小さくなり、2,30%が死んでしまう。つまり、黒の生存に黄色が必要ということになる。



なんだか、一つ目の実験と逆みたいだが、何が違うのだろう。


違いは、影響の到達距離である。図で表現してあるように、ストライプの真ん中にあって、黄色細胞と接していない黒細胞も死ぬのである。ということは、この効果(黄色による黒の生存援助効果)は、遠くでも(長距離で)働く、と言う事になる。排除効果は直近の細胞間だけで起きるのだが、お助け効果は長距離なのだ。つまり、黒と黄色の間には、2種類の異なる相互作用が存在し、それぞれ影響を及ぼす距離が異なるのである。 相互作用のネットワークをまとめて書くと、こうなります。



以上が、模様にかかわる色素細胞間の相互作用である。予想していたのより、はるかに単純でしょう? あとは、この関係があると何が起きるかがわかれば、模様形成の仕組みは理解することができる。

と言うわけで、いよいよここから「シマシマの謎・解決編」に入ります。 解決編では、あらゆるバリエーションの動物模様ができる仕組みを解決し、そこから、縞シマが進化?した理由を導きます。ついでに大阪おばちゃんがヒョウ柄ブラウスを好む理由も解るかも?

それでは、つづきの解決編 へどうぞ。






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