top of page
  • 執筆者の写真Shigeru Kondo

陛下に一本取られた話

更新日:2019年9月21日

実は、約2年前に天皇陛下と皇居で食事をするという奇跡に恵まれたことが有る。もちろん、筆者自身はそんなVIPでは無いので、偶然と幸運が重なったためだ。


2015年のお正月に、神経科学会の重鎮であるN先生が、天皇陛下の御前で「ご進講」という講義をしたのがそもそもの始まり。ご進講の1カ月後に、陛下が講師を皇居に招き、お礼の意味で食事会開く、と言うのが慣例となっているそうで、その時に、2名の随行者を連れていくことが許される。N先生は神経科学が専門のK大学医学部教授の先生を1人と、もう1人になんと筆者を指名してくれたのである。


指名してくれた理由は、筆者の専門が、「動物の縞模様ができる原理の研究」だからである。陛下が魚類の分類学者であることは、ご存知だろうか。宮内庁のHPに行くと、陛下の論文のリストがある。全部で28編もあるが、そのほとんどがハゼ類の分類に関する論文である。魚種の分類には、様々な形態的特徴が使われるが、その中で模様の締める割合はかなり大きい。N先生は、筆者を連れていけば魚の模様で「話が持つ」と考えたのだろう。


出席を即座にOKしたのはもちろんだが、同時に、大きなプレッシャーがのしかかってきた。食事会の場を盛り上げるのは、お前に任せた、という意味でもあるからだ。相手が天皇・皇后両陛下では、得意とするアニメもゲームもアイドルの話もできない。魚の模様の話は得意だが、模様形成の理論や細かい実験の話をしても、会話は盛り上がらないだろう。食事中の会話としては不適当だ。う~、どうすればよいのだ、、、、


とりあえず、準備だけはしておこう、ということで陛下の論文全てをダウンロードして、論文に出てくるハゼの模様を調べた。ふむふむ、これなら何とかなりそうだ。筆者は、「生物の模様が皮膚で化学反応の波がおきて、それが模様になる」というTuringの理論を研究しているのだが、論文に出てくるハゼの模様は、その理論を組み込んだ計算で作ることができた。続いて、その理論を、できるだけ解りやすく解説する練習をする。だが、楽しんでもらえるだろうか、、、不安である。学生相手ではないのである。解っていただけなければ、100%こちらの落ち度なのである。


さらに、両陛下、特に皇后陛下が、鋭い質問をするという話も聞いたことが有る。かなり以前に、私の恩師のH先生とN先生が、皇太子時代の両陛下と歓談する機会が有った時の話である。遺伝子とたんぱく質の関係を説明していた時に、当時の美智子妃殿下が、「タンパクとはどういう意味ですか?」とお尋ねになったそうだ。普段そんなことは考えたことも無いので、固まる両先生。しかし、こんな基本的な教養も無いようでは恥とばかりに頭を絞るが出てこない。その時、もう一人、臨席していたK先生が、「卵の白身という意味です。ピータン(皮蛋)という中華料理が有りますが蛋は卵で、白が白身です。」と助け船を出してくれたそうである。普段考えたことも無い斜め方向からの質問は怖い。予習のしようが無いからだ。そのような質問が来ないまま無事に終わるのを祈るしかない。


とりあえずは準備万端整えて(スーツと靴と新調。今までに買ったことの無い値段だった。まるで七五三である。)、その日を待ったのでありました。


当日は、3人で東京駅前のホテルで待ち合わせ。夕方6時に迎えの車が来るとのことだったので、筆者は東京駅に11時に到着。7時間もの余裕は、どこで新幹線が事故って止まっても、飛行機、あるいは車で間に合うように、です。6時にハイエースが迎えに来て、いざ皇居へ。冬なのですでに暗くなっており、皇居の中は真っ暗だ。良く見ると、何か動物の目が光っているのに気がついた。後で陛下に聞いたら、皇居に住むタヌキとのこと。10分くらいで両陛下のお住まいに到着。職員の人に控えの間に通していただいた。


ほどなく天皇陛下と皇后陛下が現れる。にこにこして、実に上品、しかも優雅。こちらの緊張もほどけて行きます。特に、皇后陛下が色々と気配りをするのがすごい。部屋の温度が暑すぎるのを感じて、「暑いですか?」と言ったかと思うと、自分で空調を調整しにいったので、一同びっくり。こんなに気を使う皇后っているのだろうか、、、職員の人は、し、しまったー、と言う感じだった。


自己紹介のあと、食前酒を飲みながら歓談、という段取りです。我々3人は、酔っぱらう事を恐れ、オレンジジュース。しかし、陛下は余裕のシェリー酒。お替わりまでした。しかも、酔うそぶりは全く見せない。プロである。


話題が、1992年に陛下が日本の科学に関して寄稿した論文(Science誌)の事になった。実は、その号にN先生の論文も載っている。N先生はちゃんとその号を持ってきていたのだが、陛下の方もそのコピーをちゃんと用意していたのである。もちろん、お付きの人が準備させたのだろうが、侮れない、、、、いやさすがなのである。ちゃんと準備しているのだ。招く側の礼儀なのかもしれないが、陛下がそこまで相手に気を使うのである。


食事の間に移り、筆者の番がやってきた、本当はパソコンを持ち込みたかったが、それはあまりに無粋なのでできない。準備したA4で3枚ほどのプリントを使いながら、動物模様のあれこれを解説。話していて感じるのは、お二人とも、真剣に理解しようとしていること。特に皇后陛下は、理解できなかったところは、はっきりそう言うのである。あわてて、別の表現で解説し直し、納得してもらうのであるが、これは正直言って、とても怖い。理解できるような説明できなければ、こっちの能力が無い証明なのである。


幸い、魚の模様の話題は無事に終わり、今度はN先生が研究の説明をする。N先生は、最近の神経科学の進歩について解りやすく解説。両陛下とも引き込まれて楽しそうに聞いている。やれやれ、何とかうまくいった、、、とほっとしていたのだが、そういう時こそ危ない。ピンチが突然にやってきた。


「従来、神経科学の動物実験には、ニホンザルなどのかなり大きめの猿が使われてきましたが、ニホンザルでは、遺伝子操作による精密な研究をすることが難しいのです。そこで近年にはマーモセットという猿が使われるようになり、これで、飛躍的な知能研究の進展が期待されています。」と説明したところで、皇后陛下のカウンターが炸裂。


「そのマーモセットというお猿は、どんなお猿なのですか?」


「へ?」。


こちらの3人組は意表をつかれて、顔を見合す。た、たしかにどんな動物か判らないと、聞く方もイメージ湧かないだろう。、、、えーと、これくらいの大きさで、こんな顔をしていて、と説明するが、画像もないし、見たことが無い人にうまく伝わるわけがない。どうしたものかと逡巡していると、さらなる追撃の質問が。


「そのマーモセットの日本語名は何ですか?」


「ほ、ほえ?」。


に、にほんごめい?。。。。。確かに、日本語の名称は、その生物種の何らかの特徴を伝えているはずなので、この質問は鋭い、というか、どちらかというと助け舟を出してくれた、と言う事なのだろうが、いかんせん、こちらの学者3人組には、その助け舟に乗るための教養が無いのである。


確か、どこかで聞いたことが有ったような無かったような・・・・狼狽しつつも記憶の片りんを探すが出てこない。しかも、N先生はこちらをチラ見しながら、「これはお前の役目だ」とサインを送ってくる。わ、私ですか??うが~~でてこない~~~~


果てしなく続くと思われた長い沈黙(本当は10秒くらい)をやぶり、KOパンチでその場を締めたのは、なんと、本日のホスト天皇陛下御自身だった。


おもむろに、静かな声で

「それはね、キヌザルですよ。」



そ、そうやった、、、ぐお~~~、ま、負けた。参りましたorz


そうでした。キヌザルでした。こんなところで、すっと、名前が出てくるという事は、膨大な数の種名を覚えているのでしょう。さすが、陛下は現役の分類学者であらせられます。しかも、知ったかぶりをするように即座に言うのでなく、こちらにある程度時間を与え、出てこないと確認したのちに、そっと教えてくれるという見事な気配り。

完璧です。恐れ入るしかありません。鮮やかすぎて、負けた我々が気持ち良くなってしまうくらいの見事な一本でした。


会話のほぼすべてが学術的な話であったにも関わらず、両陛下は終始興味を持ちつつ、積極的にそれを楽しんでおられたのが、実に印象的でした。最初、2時間で設定されていた会食が、結果的に3時間近くにもなったので、おそらく両陛下とも、我々との食事を楽しんでいただけたものと思われます。


その後、一同ホテルに戻り、しばし反省会。陛下には一本取られましたが、実にさわやかな一本で、日本の元首がこんなにも才徳兼備であったことが、とてもうれしく思われました。天皇は、国の政治に口出ししてはいけないことになっておりますが、科学政策に関してのみ、何か言ってくれたらなあ、と思います。


(この話を最初にアップしたときに、このような文章を勝手に公開するのはまずいだろう、というご意見をいただきましたが、もちろん、そのあたりは大丈夫です。詳しくは言えませんが。)


閲覧数:21,726回0件のコメント

最新記事

すべて表示

共同さんかく、応募のしかく、ごかくの評価は得られるか?

このコラムは、約8年前に書いたものの再掲です。現状とは違っている点。時代錯誤な点もありますが、あえて、そのまま掲載します。多くの人に読んでいただくため、冗談等を加えて書いてありますが、内容は極めて真面目です。 「強敵」と書いて「友」と読む 強敵と書いて「とも」と読むのは,「北斗の拳」の世界である.マンガの中で,さっきまで闘っていた(と言うよりも,殺しあっていた)当人たちが,勝負がつくや否や「親友」

bottom of page